初期の同志社で使われた英語読本

日比 惠子 (滋賀短期大学名誉教授・卒業生)

先ほど皆さまとご一緒に歌っていただきました讃美歌、英語ではWork for the night is comingで始まりますが、これは、同志社女学校初代女性宣教師スタークウエザーが、「彦根を訪れた新島氏とデイヴィス先生が、若い伝道者の指導の下、クリスチャンたちが讃美歌を生き生きと歌っているのを見て驚いていました。とりわけ見事に歌われていたのは"つとめいそしめ花のうえの"です」と、1879年3月18日付でウーマンズ・ボードへの手紙に書き記しているものです。彦根教会が間もなく設立されようとしている頃のことです。そこで初代牧師となるその若き伝道者・本間重慶は、1875年11月29日に同志社英学校へ入学した最初の生徒の一人で、宣教師E.T. ドーンからは西洋音楽を学びました。妻の春は、幼い時からの許婚でしたが、結婚前に彼が同志社女学校の前身「京都ホーム」に入学させて勉強させました。春はオルガンを弾きながら讃美歌をとても上手に歌えると、スタークウエザーも書いています。彦根のクリスチャンたちに讃美歌を教えたのは、この二人でしょう。同志社の創立時から教えられ歌われていた讃美歌が、今もキャンパスで歌われています。

このような、135年という歴史を感じさせる有形・無形のものが、同志社のキャンパスには数多く残っています。今日は、その一つをご紹介したいと思います。

1875年8月23日、新島襄は、「私塾開業、外人教師雇入れにつき許可願」を京都府に提出しました。その中に教科として20ほどの科目が書かれていますが、最後に「聖経(せいきょう)」とあります。つまり聖書を教えることを正式の書類の中で示したわけですが、まだまだキリスト教に対する反発も根強い時代でしたから、新島は京都府の槙村権知事に呼ばれて、聖書を教科から外すように要望されました。やむを得ず、新島は、京都府に対して、校内では聖書を教えないことを誓約し、当分の間はキリスト教を学校ではなく自宅で教えることにしました。学内ということが問題だったようで、同志社開校後、京都府は、聖書が教えられていないかをチェックするために、たびたび同志社の視察を行いました。 この視察記は、『同志社百年史』資料編1に収録されています。それを読んでいますと、興味深いカタカナ表記がたびたび出てくるのに気づきます。

女学校関係のみを拾ってみますと、〈『同志社百年史』資料編1より引用〉

・同志社視察之記第3回(明治12年9月29日)には
(13)一教場ニ至ル女教師スタークウヱーゾル方サニ五名ノ生徒ニガッフヒン氏ノ第一読本ヲ授ケ居レリ即チ校中第一最下ノ級ナリ〈p.129〉

・同志社視察之記第4回(明治12年10月)には
(16)(スタークウヱッゾル亦第一年生ヘガッフヒン氏ノ第一読本ヲ授ク其発音ニ注意スル点ニ勉メタリ一室ニハガッフヒン氏第二読本ノ直訳ヲ加藤某第二年生ヘ授ケ居レリ〈p.133〉

・同志社視察之記第11回(明治13年5月)には
(5)…生徒十名内五名ハ代数学四名ハ人身窮理ノ訳書中ノ家ヲ書取リス一名ハ小学読本ヲ読ム勇次郎云ク是他数生小学科未卒業ノ者ナリト其洋書ノ如キハ十名一斉ニ「マク、コフェー」氏第三読本ヲ授クト〈p.141〉

とあります。
このように、"ガッフヒン"や"マク、コフェー"、そして英学校関係では"モゴフィー"や"モフゴフェー"など、その表記がなかなか面白いのです。記録内容から、これは英語読本の著者名で同一人物だと推測できます。 同志社英学校・女学校のカリキュラムでは、"モツゴフィー"や"モックゴフィー"と表記されています。女学校関係の文献では"モツゴフィー読本"として言及されていることが多いのですが、これは初期の同志社で使われた英語教科書の1つでした。

日本の英語教育界ではあまり知られていないのですが、このリーダーは、アメリカの長老派の牧師であり大学教授でもあったWilliam HolmesMcGuffey(1800-1873)が、19世紀のアメリカの子どもたちの母語教育のために編纂した、McGuffey・sEclecticReadersという教育教材シリーズです。 McGuffeyが最も重視したのは、本が子どもたちに与える道徳的影響でした。彼は、この本を通して、子どもたちに単に言葉を教えるだけでなく、キリスト教の、特にプロテスタントの価値観を教えたいと願っていました。FirstReaderとSecondReader初版本は1836年に出版されていますが、かなり宗教色が強い内容となっています。このリーダーは、アメリカの多くの公立の小学校(コモン・スクール)で100年近くにもわたって教科書として使用され、売上総数1億2,200万部以上にも及ぶ大ベストセラーとなったようです。McGuffeyReadersは、19世紀アメリカでは、聖書を除いて、子どもたちに最も影響を与えた本であった、と言われています。

今、復刻版によって、1836年のFirstReader初版本の頁をめくってみますと、全体的には、good boy、good girlになるようにとの教訓が込められていますが、その中にGodとBibleという単語が頻繁にでてきます。そして、動物、植物、少年少女、大人、老人、病人、宇宙、自然などを題材にして、天地万物を創造されたのは神であるということを教えていきます。子どもたちに、聖書をよく読みなさい、聖書の教えに従いなさいと教えます。

ある課では、大人が子どもに次のように教えます。

"You must always bear in mind, that it was God who made you, and who gave you all that you have, and all that you hopefor. He gave you life, food, and a home. All who take care of you and help you were sent you by God. He sent His Son to show you His will,and to die for your sake. He gave you His word to let you know what He hath done for you, and what He wants you to do."

「いつも心に留めておくのですよ。皆さんをお創りになり、皆さんの持っているもの望むもの全てを与えてくださったのは神様だということを。神様が命、食べ物、住まいを与えてくださったのです。 皆さんを守り助けてくださる人はみな、神様が皆さんのところに送ってくださったのです。神様は、御心をお示しになり身代わりとなって死んでくださる御子をお遣わしになりました。神様は、御言葉を与えてくださって、皆さんのためになさったこと、皆さんにしてほしいと望まれることを伝えておられるのです。」

そして、朝起きたら、また、夜寝る前には、お祈りを忘れないようにと教えます。ほんの数例ですが、まさしくこの教科書を使って子どもたちに宗教教育ができると言っても過言ではありません。

McGuffeyReadersは何度か改訂されており、そのたびに内容が大きく変わっていると言われています。同志社英学校・女学校で使用されたのは、初版本ではなく、1879年の改訂版だと考えられます。この版も、教訓的・道徳的な内容であるとは思いますが、初版本のように宗教色が強いものではありません。 Godという単語は、FirstReaderではテキスト最後のほうで、親鳥が巣を作れるのは、神が作り方を教えたからだという個所で出てくるだけです。

現在、同志社大学今出川キャンパスの図書館は、この1879年改訂版のFirstReaderからFourthReaderまで所蔵しています。昨年11月から今年7月まで開かれていた同志社女子大学史料室第16回企画展では、このリーダーが展示されていました。実際に使用された形跡のあるものです。多分英学校の生徒が、自分の名前を書いたのだろうと思える文字が残っています。このリーダーには思わぬ発見もありました。Second ReaderとThird Readerの表紙をめくると、"Teacher's Text book , Doshisha GakuIn , Kyoto"と書いてあります。これは、今日のお話とは関係ありませんが、1888年度のわずか1年で消えてしまった「同志社学院」という名称が書き残されているという点で、同志社の歴史に関わる非常に貴重な資料だと思います。

最後に、このリーダー使用に関して、同志社で使用されたものとは版が異なりますが、熊本洋学校でL.L.ジェーンズから英語を習った熊本バンドがテキストとして使ったのも、このMcGuffeyのリーダーであったことを付け加えておきたいと思います。

私は1966年に英文科に入学しましたので、創立90周年を迎えていた年の入学ということになります。あれから、45年が経ち、今年、同志社女子大学は創立135周年を迎えておられます。45年というのは135年を3分割した最後の3分の1にあたる年月です。個人的にも一つの区切りと言いますか、記念すべき年に、このように母校の歴史に関わるお話しをさせていただく機会を与えられましたことに、心より感謝いたします。

135年を語りつぐ