Doshisha Women's College of Liberal Arts

  • 同志社女子大学 TOP
  • 入試情報ページ TOP
menu

同志社女子大学の今をお届け!

Doujo NOW!

The Roots 志の章 美しき伝統の余韻 Vol.3

約60年もの長きにわたり、信仰に基く愛情で女子教育に情熱を注ぐ
 メリー・フローレンス・デントン 1857年~1947年

約60年もの長きにわたり、
信仰に基く愛情で
女子教育に情熱を注ぐ

同志社のキリスト教女子教育の種まきをしたのがA.J.スタークウェザーだとしたら、その種に水をやり立派な木に育てたのは、ミス・デントンであろう。
デントンの来日は1888年(明治21年)、同志社女子部開設の12年後で、アメリカン・ボードの独身女性宣教師としては8人目の着任である。以後60年間、2度の賜暇休暇で帰国したのを除いて、ずっと女子部構内のデントン・ハウスに居住し、日米の戦った太平洋戦争中も帰国しなかったのだから、女子部にとって、その存在の大きさは特筆すべきものがある。デントンの場合、その滞在期間の長さにおいてだけでなく、日本と同志社を愛した熱烈度においても断然他を抜いていた。「世界で一番良い国は日本、日本で一番良いところは京都、京都で一番良い学校は同志社、同志社の中で一番良いところは女子部」という彼女の哲学は、最もよくそのことを物語っている。

同志社女学校の生徒たちと、堀真澄写真館にて撮影 (着任1~2年目の頃)

ミス・デントンの家系は1630年に信仰の自由を求めてイギリスから移住したピューリタン一家であった。彼女から数えて8代前に当たる初代の入植者、リチャード・デントンは1664年にアメリカ最初の長老派教会をロングアイランドに設立した牧師だった。以後ずっとニューイングランド地方に住んでいたが、父の代に西部に移り住んで、デントンの生まれたときは、一家はカリフォルニア州ネバダ郡グラスバレーで暮らしていた。熱心なクリスチャン・ホームで、毎朝家庭礼拝を持ち、聖書を1章ずつ読んでいたという。

彼女が8歳のとき、4年続いた南北戦争が終結し、その頃から目立つようになったアメリカ女性の社会進出を目の当たりにすることになる。社会参加の体験を基にしての女性たちの自立した生き方は、大きな刺激となって彼女の考えの方向付けをした。そしてその考え方は、5男2女の第1子としての責任、もって生まれた強靭な性格、カリフォルニアの自然の中で育てられた素晴らしい健康などと相まって、生涯を貫く資質の基となった。

幼時から勉強好きであったデントンは、24歳の時にはパサデナの小学校校長の地位についていた。ちょうどその頃賜暇休暇で帰国し、娘2人をデントンの学校に入れることになったゴードン宣教師から同志社のこと、創立者新島襄のことを聞き、新島を助けるために日本に行くことを決意する。

アメリカ、ウィリアムズ大学より教育学博士の称号を授与されたのは1931年であった。
写真は1933年に勲六等瑞宝章を受章の折に撮影されたもの。
1948年(没後)には勲三等瑞宝章を受章。
(Susan D.Silfvast氏提供)

同志社に来てからのデントンに纏(まつ)わるエピソードは数々ある。例えば、礼拝出席を嫌がって逃げ隠れする生徒をどこまでも追いかけた話。化粧の濃い生徒を洗面所に連れて行って無理やり洗い落とさせた話。英語の授業での独立話(生徒は一人ずつ自由なトピックスで話をすること)やミス・デントン宛の手紙書きを毎時間させ、その添削のためにノートで一杯の風呂敷包を持ち歩いていたこと。来日以来、日本語習得に費やす時間と労力を別の目的に使うことを選んだ結果の、デントン独自の日本語、例えば「リンゴのきもの、サヨナラください」の類、また、女子部の校地を広げ立派な校舎を建築するために、彼女が実行した数々の強引とも言える資金集めの方法(そのおかげで、静和館・ジェームズ館・栄光館が建った)などなど。

しかしこれらは全て同志社女子部を世界一の学校にしようとの意図からでたことであり、彼女自身は「これ以上の質素はないという程の質素な生活を送りながらの言行」であったので、結果的にはまわりの者を納得させ、彼女の行動を支援しようという気持ちにさせた。 特に、直接ミス・デントンから教えを受けて巣立って行った生徒たちにとって、彼女自身の行動を通して示された「受くるよりは与えるが幸い」「国際社会に通用する自立した女性の生き方」「神から与えられた人生をとことん生き抜くこと」などの教えは、生涯忘れられないものとなり、卒業生自身の生き方の指針となった。

同志社女子大学にあって、ミス・デントンの業績と志は、新島襄のそれと並べて折ある毎に思い起こす必要がある。それは私たちの学校の原点を確認する作業の一つとなるからだ。

現在、同志社女子大学に隣接の相国寺にミス・デントンは眠っている。

(坂本 清音)

写真提供
同志社女子大学史料室
同志社大学 同志社社史資料センター(★印)

2015年6月29日更新

Back Number Back Number

  • The Roots 不破ユウ
  • The Roots 海老名みや
  • The Roots 湯浅初
  • The Roots メリー・フローレンス・デントン
  • The Roots アリス・ジャネット・スタークウェザー
  • The Roots 新島八重
  • The Roots 新島譲