同志社女子大学年表


1908 明治41 4. カレッジ・ソング“One Purpose Doshisha”制定。作詞W. M. ヴォーリス(日本名一柳米来留)
    9.30 女学校事務室に電話架設、電話番号3134番
1909 42 1.8 デントン邸での幻灯会終了後、女学校炭納屋より出火、教室の屋根に延焼
    7.7 「同志社校歌」制定、作詞 湯浅吉郎、作曲 大中寅二
    12.4 女学校平安寮落成式(ジェームズ夫人と子息A. C. ジェームズの寄附)。生徒学芸品展覧会を開催
    12.5 帝国教育会(辻新次会長)、教育上もっとも顕著な功績ある私立学校として同志社を表彰
1910 43 1.23 「新島襄20年追悼記念会」を公会堂で開催、午後教職員・生徒・校友ら若王子に墓参。新島旧邸において遺品を展示
    5.7 アーモスト大学で新島襄肖像の除幕式
    5.25 女学校雨天体操場新築落成
    7.11 女学校で英語夏期講習会
1911 44 5.3 女学校普通学部卒業生は専門学校入学に関し文部省は、修業年限4年の高等女学校卒業生と同等以上の学力を有すると指定(指定女学校)
    10.2 ジェームズ夫人、米貨10万ドル(20万1,763円66銭)を寄附
    11.19 静和館(Pacific Hall)定礎式。太平洋婦人伝道会の寄附金によるもので、太平洋にちなんで命名。1912年8月竣工
1912 45 1.12 女学校内に女子大学設立準備委員会を設置、委員長 松本亦太郎
    1.23 女子大学準備委員会は、新設大学部の名称を同志社女学校専門学部と決定。専門学校令による専門学部の設置を文部省に申請
    2.14 「専門学校令」による同志社女学校専門学部(英文科・家政科)設立認可
    4.10 同志社開校以来毎週休業してきた土曜日に、本年度より午前中授業を行うことに変更
  大正元 12.24 女学校専門学部英文科・家政科のほかに国文科を増設認可。国文科予科を設置したが、国文科は開設されず
1913 2 9. ジェームズ館起工(1914年1月9日定礎式、8月20日竣工)
1914     第1回神戸女学院・梅花女学校・同志社女学校3校連合庭球会開催
1915 4 1.23 「新島襄25年追悼記念会」を挙行し、あわせて遺品展覧会を開催
    4.21 女学校専門学部の寄宿舎を増設、旧寄宿舎と連絡し、常盤井殿町の町名にちなんで「常盤寮」と総称、舎監 松田道
    5.18 同志社男女学校のため校旗を新調し、披露式を挙行
    12. 専門学部家政科教室家政館落成(ジェームズ夫人の寄贈)
1916 5 5. 寮生によるミリアム・クワイア(聖歌隊)を組織
1917 6 1.12 市電敷設のため今出川通拡張につき、同沿路の同志社敷地と借用中の官有地とを交換することを理事会で決議
       1. 今出川通の土塀を撤去し、すべて生垣に改める
       2. 今出川御門および相国寺門間の道路を整理
       3. 同志社の正門を今出川御門に面して建設
    6. 従来社長が各学校長を兼任していたが、各学校に校長をおくことになる
1918 7 2. ファウラー夫人より講堂建設のためデントンを通じ2万ドルの寄付
    4. 中瀬古六郎、女学校校長に就任(~1922年1月)
    8. アメリカン・ボード、F. B. クラップを音楽教師として派遣
    9.19 寄付行為修正により社長を総長と改称
      同志社女学校学友会発足
1919 8 8.25 従来公式の場合には「私立同志社学校」と称したが、本年6月の文部省令第24号により、この日以後「私立」の文字を省き、「同志社校」とすることになる
    11.20 女専プリンプトン寮、栄光館北側に竣工。(G. A. プリンプトンの寄贈)、舎監 間瀬八重
1920 9 4.1 海老名弾正、第8代同志社総長に就任
    5.6 女学校前の老松「かたみの松」枯死のため市に撤去の願出
    11.28 同志社EVE、初めて岡崎公会堂で開催
1921 10 11.29 同志社校庭において創立46回記念式を挙行。若王子墓地において、故J. D. デイヴィスの建碑式、早天祈禱会に初めて女学校生参加
1922 11 1.7 松田道、同志社最初の女性の学校長に就任
    3.30 女学校専門学部英文科卒業者を同志社大学は各学部に入学資格あるものと指定、1923年度より実施
1923 12 4. 女学校専門学部英文科卒業生4名が、初めて同志社大学文学部に入学(家政科卒業生は1940年より)
    6. 静和館、ジェームズ館、家政館にベルを設置、始業・終業時を報知することとなる
    9.1 関東大震災。同志社は校友会と協力して義援金を募り、罹災校友(90名余り)に対し、慰問金を送って同情の意を表明
1924 13 4. 女学校専門学部英文学科卒業生、同志社大学法学部に初めて入学
    7.21 女学校専門学部英文科卒業者は「英語」、家政科卒業生は「家事」の中等学校教員無試験検定取扱認可、文部省告示をもって指定、1923年3月の卒業生から適用
    12.8 貞明皇后女学校に行啓、礼拝ならびに授業状況を視察。新旧約和洋『聖書』2冊、『讃美歌』を献上
1925 14 9.10 女子部寄宿舎大沢寮竣工(社友大澤善助の寄附)
    11.28 同志社校庭において創立50周年記念式を挙行
1926 15 8.27 女学校専門学部家政科洗濯教室落成
    9.15 『同志社校友同窓会報』創刊(1936年3月5日の104号で終刊)
1927 昭和2 1.9

23
ハワイより堀貞一を招き、精神復興運動を開始。同志社教会創立50周年記念特別伝道会を開催、堀貞一牧師の学内特別伝道
    3.6 静和館より出火、内部を全焼
    3.18 静和館復旧工事完成まで寮を改造し、臨時教室として使用することに決定
    4.1 常盤寮西館竣工(1969年閉寮)、大和寮竣工
    6.2 家政館改築工事資金のため、音楽会を開催。柳兼子、喜多襄、斎藤静子出演
    6.13 静和館復旧工事完成
    9.29 専門学部寄宿舎第一活水寮竣工
    10.22 専門学部家政館改築工事竣工
1928 3 1.1 専門学部の学生増加に伴い、独立の部長職を設ける。松田道を専門学部長、中桐道太郎を普通学部長とし、海老名総長が校長を兼任
    1.20 同志社女学校普通学部を同志社高等女学部と名称変更の件、文部大臣より認可
    4. 高等女学部は服装の整一を実施し、新入生よりセーラー服に統一
    8.30 専門学部寄宿舎常盤東館竣工
    10.30 専門学部寄宿舎第二活水寮竣工
    11.10 昭和天皇即位当日、同志社教職員・学生生徒一同校庭において奉賀式を挙行
    11.23 有終館(同志社大学予科教員室)より出火、教室の一部を焼失
    11.25 海老名総長・理事・幹事、総辞職
    11.27 海老名弾正、天皇の在洛中、有終館の失火責任をとって総長を辞任。中村栄助に臨時総長事務取扱を委嘱
1929 4 2. 女専専用の徽章を制定
    5. 大学・女学校専門学部・高等商業部の各校旗制定
    7. E. L. ヒバード、アメリカン・ボードから派遣され同志社に着任(1933年より女専教授)
    11.1 大工原銀太郎、第9代同志社総長に就任
1930 5 1.23 「新島先生昇天40年記念式」を女学校講堂で開催(山室軍平救世軍少将の記念講演)
    2.20 女学校専門学部を女子専門学校に、女学校高等女学部は女子中学校に改称を申請
    6.3 同志社女学校専門学部を同志社女子専門学校と改称する件、文部大臣より認可、校長 松田道(女子中学校に関しては同志社高等女学部として9月25日認可)
    7.15 『同志社五十年史』刊行(同志社校友会)
    9. 女学校寄宿舎食堂改築落成
1931 6 6.15 米国ウィリアムズ大学、デントンに教育学博士の名誉学位を贈呈
1932 7 2. 財団法人同志社、栄光館東南隅の一区域の「永久使用権と永久保管権」を同窓会に付与
    2.11 栄光館竣工式(ファウラー講堂、名称はデントンの知人E. ファウラーにちなむ)
    3.21 第57回同志社卒業式を栄光館ファウラー講堂で挙行
    6.14 新島八重永眠(6月17日同志社葬を栄光館で挙行)
    11.28

29
創立記念音楽会を栄光館で開催、全同志社の音楽団体が出演
    11.29 新島会館落成式(同志社校友会・同窓会共催)
1933 8 4.1 片桐哲、女子専門学校校長および高等女学部部長に就任
1934 9 7.10 『女学校期報』を第59号より『学同友窓会会会報』と改称
1935 10 2.11 湯浅八郎、第10代同志社総長に就任
    6. 同志社高等商業学校で神棚事件
    6.30 『同志社高等女学部新聞』創刊(1942年6月6日終刊)
    9.21 創立60周年記念誌『我等ノ同志社』を同志社・校友会・同窓会共同で刊行
    10.15 今出川幼稚園の経営を同窓会に継承、園長 松田道(1947年まで同窓会、以後、同志社の経営)
    12.17 同志社の専門学校・女子専門学校・中学・高等女学部に御真影が下賜され、同志社は連合して奉戴
      ワシントン・カテドラル(聖公会)新島襄の立像を安置、作者アンジェロ・ラウディ
      同志社校歌「天地は神の創作」制定、湯浅吉郎作詞、大中寅二作曲
1936 11 2.1 『同志社論叢』に野村重臣の国体明徴論文不掲載のことが動機となり、外部右翼団体・軍部の同志社への圧迫激化
    4.15 『同志社新報』創刊 (『同志社校友同窓会報』を改称)
    6.11 第1回教授研究発表会。小崎千代教授、瀧山徳三教授が発表
    12.3 高等女学部のクリスマス讃美礼拝(ピアノ独奏、ヘンデル田園交響楽、独唱、二重唱、合唱、聖書朗読、活人画7場面)を栄光館で挙行(クリスマス・ページェントはクラップが最初に構成)