出版物案内

『同志社女子大学125年』 編集委員会・編


創立125周年記念事業として編集刊行された記念写真誌。女子大学としてはじめての歴史書です。序章 ①同志社女学校の創設 ②専門学部への道 ③昭和戦時下の同志社女子専門学校 ④同志社女子大学の創設 ⑤同志社女子大学の拡充 ⑥田辺キャンパスへの展開 の7章からなり、各ページには豊富な写真資料(カラー)を配置しています。また、デイヴィス邸に開かれた女子塾(Kioto Home)にはじまる校名・学制の変遷図と詳細な年表も記載されています。
2000年11月刊。A4版、279頁。

 

『女性宣教師「校長」時代の同志社女学校(1876年~1893年)』上巻 坂本清音・編


同志社はアメリカン・ボード(米国海外伝道会社)の全面的な関与のもとに創立されました。女学校も当初はボードの「京都ホーム」として開設され、その責任者である女性宣教師がすなわち女学校の「校長」でした。本書は、初代「校長」スタークウェザーはじめボードの宣教師たちのボードへの報告書や書簡を駆使して初期の女学校の姿を明らかにしています。
2010年3月、『同志社女子大学史料室叢書Ⅱ』として刊。A4版、1冊(多様頁付)

『第1期生の見たDWCLA』 鴛淵紹子・述


史料室第14回企画展「DWCLAの誕生~今に受けつがれるリベラル・アーツの精神」(2008年度)に関連して開催した公開講演会の記録です。講師は同志社高等女学校を経て1947年、第1期生として新制の同志社女子大学に学び、卒業後本学の音楽学科教員となった本学名誉教授です。講演では「リベラル・アーツ(Liberal Arts)の大学」(学則第3条)としての創設期のさまざまなありさまを回想しています。
2010年3月、『同志社女子大学史料室講演会記録 1』として刊。A5版、18頁。

『第1期生の見たDWCLA』 (PDF:761KB)

『鳥取英和女学校と同志社』 近藤十郎・述


史料室第15回企画展「同志社スピリットと女性たち~医療・幼児教育・矯風の世界への飛翔」(2009年度)に関連して開催した公開講演会の記録です。講師は牧師として日本基督教団鳥取教会に在任の経験がある本学名誉教授。鳥取英和女学校は、1887年から1902年までの15年間存在した短命な女学校ですが、女性宣教師・タルカットと、同志社出身者を中心とする鳥取教会のメンバーによって創設され、高田ミチ、松田幸、浜田知亀ら、同志社女学校の出身者たちも多く協力者として名を連ね、M.F.デントンも一時期同校に教鞭をとっていました。
2011年3月、『同志社女子大学史料室講演会記録 2』として刊。A5版、20頁。

鳥取英和女学校と同志社 (PDF:1,360KB)

 

『同志社女学校期報人名索引』 同志社女子大学史料室・編


『同志社女学校期報』(誌名は微妙に変更されている。以下、『期報』)は同志社同窓会の会報として1894年1月創刊、年1~2回、同窓、学生、学校に関する様々な情報を提供してきましたが、太平洋戦争の戦況悪化に伴う物資不足により1942年12月、72号を以て廃刊しました。ここには各年度の卒業生、諸学校の教職員はもとより、在学生や、同志社女学校とかかわりを持った多くの内外の著名人士に関する記事が含まれています。本書は『期報』に登場するすべての人名を「号(頁)」の形で検索できるよう編集したものです。
2006年3月、『同志社女子大学史料室叢書』として刊行。A4版、245頁。

 

『同志社女子大学学報「しばぐさ」第1号(1962)~第34号(1995)執筆者名索引』
同志社女子大学史料室・編


『しばぐさ』は1962年、学生の父母を対象に、学生たちが日常接している教員の素顔を紹介する目的で、教員による随想集、といった形で創刊されました。その後、次第に大学側の教育方針や、各学科、各部課業務の年次報告的な部分を付加しながら年1回刊行されてきましたが、1996年、第35号からは随想部分を排し、純粋に大学の年次報告書へと性格を転換しました。
本書はその第34号までの記事の、執筆者名、対談・座談会等の参加者名による検索を目的として編集されたものです。

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