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※所属・役職は掲載時のものです。

「おにぎり」と「おむすび」の違い

2018/10/23

吉海 直人(日本語日本文学科 教授)

たまたまNHKの「日本人のおなまえっ!」を見ていたところ、「おにぎり」と「おむすび」の違いが話題になりました。「むすぶ」とは心(魂)をそこに込めること(呪術的な意味合いがある)であり、心臓の形になっているという柳田國男の説(食物と心臓)もあるし、「おにぎり」は「鬼切り」の語呂合わせから魔除けの効果があるという説もあるので、果たしてどんな展開になるのか楽しみに見ていました。

しかし残念なことに、とことん極められることなく、納得できないまま次の話題に移ってしまったのです。大事な柳田國男も取り上げられませんでした。どうせなら「さるかに合戦」や「おむすびころりん」も取り上げるべきでしょう。というのも「さるかに合戦」は「おにぎり」、「おむすびころりん」は「おむすび」と使い分けられているからです。しかしその形は微妙です。特に「おむすびころりん」の絵本の場合、転がりやすさを考慮したのか、丸い「おむすび」がしばしば描かれています。逆に「さるかに合戦」の方は、はさみやすい三角形の絵が多いようです。それに対してのコメントも必要ではないでしょうか。

ついでに番組できちんと報告してほしかったことがあと二つあります。ないものねだりばかりですみません。一つは「おにぎり」と「おむすび」の歴史というか、いつごろからそういわれていたのかの調査結果です。具体的な資料があれば納得しやすいからです。もう一つは「お─」ときたら、真っ先に女房詞(女中詞)を疑うべきではないのかということです。それについてもまったく触れられませんでした。

そこで改めて私なりに調べてみました。まず「おにぎり」から丁寧語の「お」を取り、下に「飯」をつければ「握り飯」になります。現在はこれを「にぎりめし」と称していますが、古典では「にぎりいひ」といっていました。その歴史は非常に古く、『常陸国風土記』に「風俗(くにぶり)の説(ことば)に握飯筑波の国といふ」と出ています。これを信じれば「握り飯」は筑波国(茨城県)の方言だったことになります。

それに対して「むすび」の用例は、江戸時代まで出てきません。しかも『守貞漫稿』の「握飯」項に、「にぎりめし古はとんじきと云。屯食也。今俗或むすびと云。本女詞也」とあって、「にぎりめし」の俗語として「むすび」ともいわれているが、それはもともと女詞だと解説しています。この記述は興味深いですね。

なおここにあげられている「屯食」は、平安時代から用いられている古い言葉ですが、既に意味が違っています。もともとは酒食のこと、あるいは酒食を載せた台のことだったのですが、江戸時代には公家社会において「握り飯」の意味で用いられるようになっているようです。そのことは『松屋筆記』の「屯食」項に、「公家にては今もにぎりめしをドンジキといへり」とあることからも察せられます。

ここに至って「おにぎり」と「おむすび」を考える前に、その元となっている「とんじき」のことも考えるべきだということがわかってきました。また女房詞・女中詞ではないかという当初の疑いについては、江戸時代の公家社会の言葉だったことで納得できそうです。

調べてみた結果、「おにぎり」と「おむすび」に関しては、第一に「握り飯」の方が歴史が古くて、「むすび」は比較的新しい言葉だという違いが見えてきました。次に「握り飯」が一般的な言葉であったのに対して、「むすび」は公家社会(上流階級)における女房詞ということで、空間的な狭い広い、あるいは身分的な上下という違いもあげられそうです。

その「握り飯」が「おにぎり」に、「むすび」が「おむすび」になったことについては、単に「お」をつけて丁寧にしたというだけでなく、そこに女性の関与が考えられます。もしそうなら、「おにぎり」は「おむすび」に影響を受けてできた新しい言い方かもしれません。