今年の桜前線

2024/03/14

吉海直人(日本語日本文学科 特任教授)

 

今年の京都の桜の開花予想は、3月23日とのことです。平年よりは早いのですが、なにしろ昨年は3月14日だったので、かなり遅い感じがします。昔は入学式に桜がつきものでした。今年は久しぶりに桜満開の入学式になりそうです。異常気象によって開花がこれ以上早くなると、桜は遠からず卒業式につきものの花になりかねません。

ところで東京の開花宣言が発表されるたびに、いつもささやかな疑問が浮かんでいます。なぜ鹿児島などよりも東京の桜が早く咲くのだろうか、という疑問です。どうやら桜前線は、必ずしも南から北上するものではないようです。今年は東京と京都の開花予想が同じ日になっています。

ご存じのように、開花宣言に用いられているのはソメイヨシノの標本木です。このソメイヨシノは国の方針もあって、北は北海道(札幌)から南は鹿児島(種子島)まで、日本全国にたくさん植えられています。しかもソメイヨシノは、エドヒガンとオオシマザクラを交配して作り出された品種であり、そのため実というか種ができません。すべてが接ぎ木・挿し木などによって増やしたいわゆるクローンなので、標本木として全国的に比較するには最適のものといえます。ということで、全国に58本の標本木が設置されているそうです。

ただし問題がないわけではありません。というのも沖縄は温暖すぎて、ソメイヨシノが開花しないからです。実はソメイヨシノが開花するためには、11度から15度までの低温日が60日必要だとされています。桜は寒い冬を越して美しい花を咲かせていたのです(休眠打破)。ところが沖縄はその低温日が少ないために、うまく開花しないというのです。これも不思議ですね。そのため沖縄では、ヒカンザクラ(カンヒザクラ)による開花宣言を行っているとのことです。鹿児島にしても徐々に沖縄化(温暖化)しているようです。それもあって開花日が東京より遅いのでしょう。逆に北海道では、寒すぎてうまく開花できませんでした。そのためエゾヤマザクラを標本木に使用している地域が少なくないのです(5月に開花します)。これにしても遠からず、北海道でもソメイヨシノでよくなるに違いありません。

さて前に戻って、何故東京の桜は早く開花するのでしょうか。そんなことわかるのだったら、各都道府県で早く開花させる対策を取っているはずですよね。漠然といわれているのは、東京はアスファルトが多いので、照り返しで木が温められるからだという説があります。ただし東京の標本木は靖国神社にありますから、むしろ土壌の質が重要かもしれません。また2月の平均気温が、東京は高い傾向にあることもあげられています。要するに東京全体が温暖化しているということです(ヒートアイランド現象)。それとは別に、若い木よりも樹齢50年以上の古い木の方が早く開花する傾向にあるともいわれています。

これでは納得できる答えにはなりませんね。幸いこれを具現していると思われる桜が京都にありました。それは同志社のすぐそばにある冷泉家の桜です。この桜は、京都で一、二を争うかのように早く咲きます。専門家に調べてもらったところ、普通のソメイヨシノだとのことですが、毎年早く開花するので、多くの人は早咲きの品種だと思っているようです。

その桜をよく観察すると、今出川通りに突き出ている枝が早く咲いていることがわかりました。今年も東京の開花宣言より前に咲き始めるはずです。ですから、舗道のアスファルトの照り返しを浴びることで早く咲く、という説も捨てがたいのです。もう一つ、冷泉家の桜はかなり老木で、遠からず枯れてしまう恐れがあるとのことです。これも古木が早く咲くという説にピッタリですね。二重の意味で冷泉家の桜は、何故早く咲くのかの謎を探るための貴重な木だといえます。

なお京都の標本木は二条城にある桜ですが、もし冷泉家の桜が京都の標本木だったら、東京より先に京都の開花宣言が発表されるに違いありません。せめて東京より早く咲くソメイヨシノが身近にあることを、ささやかな喜びとしましょう。そして来年も再来年も元気に開花してくれることを心から願っています。

 

(この三月末で定年退職のため、このコラムが最後となります。長い間ご愛読いただきありがとうございました。)

 

※所属・役職は掲載時のものです。