童謡「ほたるこい」について
吉海 直人(日本語日本文学科 特任教授)
みなさんは「ほたるこい」というわらべ歌をご存じですよね。幼い頃に歌った人も多いかと思います。では誰が作った曲か知っていますか。一般に「ほたるこい」を作詞・作曲したのは、鳥取県出身の三上留吉さん(1897~1962)とされています。彼は小学校の先生でした。野外ソングやゲームソング、県内の民謡や小唄の収集・創作に情熱を傾けたことでも知られている人です。
教科書などに掲載されているものは、三上さんが全国に伝わる歌を採譜してまとめたものからとっています。ですから「ほたるこい」の歌詞は東北地方のわらべ歌ともされており、実のところ作詞者も作曲者もともに不明というのが正解です。たまに作曲者として小倉朗という名前が出ていますが、彼にしても原作の作曲者ではなく編曲者でしかありません。
ここで「ほたるこい」の歌詞をあげてみます。
ほう ほう ほたる こい
あっちのみずは にがいぞ
こっちのみずは あまいぞ
ほう ほう ほたる こい
この歌詞を見ると、蛍の最大の特徴である光を放つことに触れられていないことに気づきます。蛍の光り方には関東と関西の違い(種類の違い)があるし、オスとメスの違いもあって興味深いのですが、光に対する関心は一切認められません。それよりここでは蛍が甘い水に引き寄せられることが主眼になっています。ではこれは本当のことなのでしょうか。蛍は本当に甘い水が好きなのでしょうか。実際に甘い水が好きなのは人間の子供たちであって、ここでは蛍が擬人化されているだけなのではないのでしょうか。
大人げない発言ですみません。この質問に対する答えを調べてみたところ、やはり興味を抱いた人たちが実験していることがわかりました。一般には「蛍は幼虫時代にたくわえた栄養が十分に体にあるので、成虫になってからはえさをとりません。水だけ飲んで過ごします」と解説されていました。これによれば、水は摂取するがえさは食べないというのです。その場合、甘い水は水の一部なのでしょうか、それとも餌なのでしょうか。どうもそこがはっきりしません。
同様のことは、「蛍は大あごはあってもほとんど機能しません。ただし、蛍は乾燥に耐える力が弱いので、水分だけは吸う必要があります。このために、口には「はけ」のような器官があり、それを夜露などに浸して、筆に墨汁をたっぷり含ませるようにして水分を吸っています。成虫になると水を吸う以外は、幼虫時代に蓄えた栄養だけで生きなければなりません」とも説明されていました。
それに対して実験した人からは、「水だけでなくウリのしるなどのあまいものが大すきだ」という結果報告もありました。中学生による実験では、自然環境では一週間程度で死んでしまう蛍を四週間程飼育することに成功したとありました。それによれば「スイカやメロンの汁を飲ませたことで、スイカやメロンの汁に含まれていた糖分がエネルギーとなって長生きできたからだ」と結論づけています。
また全国ホタル研究会(昭和43年設立)の報告によれば、果汁ではなく10%の蜂蜜を摂取させたヘイケボタルの成虫は、水を摂取したヘイケボタルの成虫と比較すると、平均7、5日長生きしたともありました。同様に「ゲンジボタルの糖液嗜好性について」という実験結果もありました。
しかしそれとまったく反対の実験結果も報告されています。捕まえたホタルのうち、一つの箱には砂糖水を、もう一つの箱には谷の水を霧吹きでかける実験が行われました。その結果、「砂糖水をやった蛍は、2日から5日ぐらいのあいだで、みんな死んでしまいました。谷の水をやったほうは、まだ元気に生きています」とあり、水だけの方が長生きしているというのです。
こういった実験では、成虫の蛍が水以外の甘い水を飲むかどうか、あるいは甘い水を飲んだ蛍の方が長生きするかどうかが問題にされています。私が知りたいのは、長生きするかどうかではなく、蛍が甘い水を好むのかどうか、甘い水に引き寄せられるのかどうかですが、今のところはっきりした報告はないようです。なお報告の中には、甘い水というのは清らかな水(弱アルカリ性)のことで、苦い水は酸性雨を含む夜露のことだという説もありました。「甘い・苦い」も単純ではなかったのです。
※所属・役職は掲載時のものです。