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教員によるコラム

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※所属・役職は掲載時のものです。

9月23日は「秋分の日」

2018/08/21

吉海 直人(日本語日本文学科 教授)

かつて大ヒットした御当地ソングの1つに、さとう宗幸が歌った「青葉城恋唄」があります。その歌詞の中に「ときはめぐり」とあったのを覚えていますか。当初これについて、作詞家の阿久悠から「時は過ぎるものでめぐるものではないから、「季節」という漢字にして「とき」と読ませたらどうですか」という助言があったそうです。なるほど時は過ぎ去るものですから、これは適切なアドバイスといえます(ただし訂正はされていません)。

こんな問題が生じるのは、日本が四季の変化に富んだ国だからです。暦の上での四季は「立春・立夏・立秋・立冬」で始まります。終わりの日は決められていませんが、次の季節の始まりの前日がそれに当たります。各季節の真ん中は、「春分の日・夏至・秋分の日・冬至」とされています。

天文学的には、黄道と天の赤道が交わる2つの点が分点で、それが春分点と秋分点つまり春分の日と秋分の日になります。その間を二分した点が夏至と冬至というわけです。ちょうど360度を四等分したことになるので、春分の日を太陽黄経0度とすると、夏至が90度、秋分の日が180度、冬至が270度になります。

また春分の日と秋分の日は、昼と夜の時間が等しいとされています。それは太陽が真東から出て真東に沈むからです。ただしややこしいことに、日の出は地平線から太陽が姿を見せた瞬間であり、日の入りは太陽が姿を隠した瞬間とされているので、どうしても太陽1個分だけ昼が長くなってしまうので均等にはなりません。

一方、夏至は昼がもっとも長く、冬至は昼がもっとも短くなります。夏が暑く冬が寒いのは、太陽の南中高度が夏は高く冬は低くなるからです。それが「暑さ寒さも彼岸まで」という慣用表現を生み出しました。その影響は、夏に短く冬に長くなる影法師にも認められます。もちろんこれは北半球だけにいえることで、南半球ではその正反対になります。丸い地球って面白いですね。

ところで春分の日と秋分の日を暦で見ると、春分の日は毎年ほぼ3月21日、秋分の日はほぼ9月23日になっています。ほぼというのは微妙に動いているからです。その日、暦には彼岸の中日と書かれています。春分の日・秋分の日を中日として、その前後の3日間(計7日間)がお彼岸です。彼岸の初日を彼岸の入り、彼岸の終日を彼岸の明けといいます。

春分の日と秋分の日は祝日法で定められており、春分の日は「自然を称(たた)え、将来のために努力する日」、秋分の日は「祖先を敬い、亡くなった人をしのぶ日」となっています。古く宮中では、彼岸の中日に「春季皇霊祭」「秋季皇霊祭」が行なわれていました。本来、春の彼岸にもお墓参りをするものだったのです。その折に食べたのが「ぼたもち・おはぎ」でした。ただし最近は秋の墓参りが主流で、春の墓参りはマイナーになっているようです。

彼岸に真っ赤な花を咲かせる彼岸花にしても、春と秋と1年に2度花を付けると思っている人がいるようですが、原則秋にしか咲きません。この花には仏教色のある曼珠沙華という名称も付けられています。秋に「ま(ん)ず咲く」花だからという語呂合せ起源説は信用できそうもありませんね。

この彼岸花にはアルカロイド系の毒があり、食べるとあの世へ行ってしまうことから、彼岸花と名付けられたともいわれています。ただしそれほど強い毒ではないようで、昔はうまく毒抜きして食べていたそうです。

ここでみなさんに質問です。毒のある彼岸花を何故墓場や田んぼに植えたのでしょうか。不思議に思ったことはありませんか。実はその毒こそがヒントになります。かつては土葬が一般的でした。埋めた遺体を動物に荒らされないようにと、毒のある彼岸花を墓場に植えたそうです。同様に田んぼの稲を害獣から守るため、畦道に彼岸花を植えたとのことです。その効果があったのかどうかは聞いていませんが。

ところでこの教員コラムに書いてきたものを核とした『古典歳時記』が、角川書店から9月に出版されることになりました。是非ご愛読ください。