第4章 外観デザインについて

ミス・デントンと武田五一による同女コンパウンド

以降に外観主要部位の意匠性について考察を加えていくが、同女3部作を設計する武田の想いは、直接の依頼者であり、共鳴者でもあるミス・デントンの日本の女子教育にかける熱意になんとか応えたいというものだったのだろう。これは彼が手記に「ミス・デントンの出身地である、アメリカ西海岸、カリフォルニア洲の学校建築様式をできるだけ採用しました。」と記していることからも覗える。
“同志社コンパウンド”と彼が賞賛した、彰栄館・礼拝堂・有終館のことを彼自身が『アメリカンゴチック』と命名したことを合わせて考えると、米国復興式・ジョージアン調・トスカンオーダーなどの欧米デザインに、日本の伝統技術とデザインをうまくアレンジした同女3部作は“同女コンパウンド”とも呼ぶべき独自の共通性を持って展開されている。
ジェームズ館では欧米のスタイルが、かなり日本的に洗練されており、それまで多くの洋風建築が“借り物”の感が拭えなかったのに対し、日本人なりに消化したものになっている。
今回の保存改修に当たって、外観は新設のエレベーター接続部と、既に葺き替え済の屋根以外は、極力竣工当時の姿に復原する方針とした。

ジェームズ館

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「和」と「洋」が巧みに織りなされた軒裏

外壁煉瓦頂部までは、「洋風」を基調としながら、屋根は和瓦(桟瓦)の寄せ棟の「和風」としている。異なる様式を混在させつつ、オリジナルのディティールデザインを軒先から軒裏に施すことで、和と洋の統合を図ろうとしたものと思われる。
煉瓦の外壁から、社寺建築に見られる木鼻状の処理を施した花崗岩の肘木を持ち送り出し、その上に木製の母屋と垂木を和瓦に適したスタイルで乗せている。さらに野地板には、和洋ともに見られる雲形デザインの小屋裏通気口をくり抜いている。
正に「和魂洋才」といった折衷の範となるべきデザインの妙である。加工の難しい花崗岩に類例の少ない装飾を施した点は技術的にも注目される。
屋根瓦は、既に葺き替えられていたので今回も一部葺き替えとしたが、軒先以下の小屋裏への採光以外の機能を担っていないため小振りではあるが、和瓦で葺かれた屋根と全体的にシンプルな外観の中で遠景でも「洋館」とわかる外観形成に寄与している。
旧静和館が端部に尖塔を大きく載いていたのに対して、中央に小さく設けられたこのドーマー窓は、和洋折衷の外観の統合感を更に高めるように洗練されたものと考えられる。
今回は、雨水処理上の弱点となっていた本屋根との取合部や水切など、防水・排水のディティールに変更を施した。

軒裏 ドーマー窓

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バルコニーは、地震による脱落を防止

南面2階両端の教室に1m弱の出巾で設けられ、西側は観音開きのドアが付いていて内部から出入りできたようだが、特に大きな機能を担っておらず、ドーマー窓と同様に「洋館らしさ」を醸すために設けられたものと思われる。
旧静和館が、米の字型の19世紀末ウィーンに現れた造形モチーフの手摺子としていたのに対して、ジェームズ館では斜材が省略され、手摺子による分割も、4つ割から3つ割の横長プロポーションに変更されている。
これも建物全体の中でのバルコニーの突出感を抑え、全体の統合感を高めるためのリファインと考えられる。
構造的には軒と同様、煉瓦外壁から花崗岩の片持ち梁を送り出したものとなっており、同石の手すりと床の自重等により若干の先垂れが見られた。また、手摺部の花崗岩は、内部鉄筋の腐蝕などで、割れが発生していた。今回は、割れた花崗岩を新材に取り替え、大地震時に、外壁から脱落して人命に危害を加えないよう、内部床下から、花崗岩の片持梁を床梁に緊結するなど、構造的な補強を加えた。

バルコニー


ジェームズ館探訪