「猫」の慣用句

2018/12/06

吉海 直人(日本語日本文学科 教授)

人間の生活と深く関わっている動物といったら、真っ先に「犬」と「猫」があげられます。もちろん最初からペットだったわけではありません。犬は狩猟に役立つものとして飼いならされたのだし、猫は鼠の害を防ぐためにお寺や養蚕場で飼われました。

それが長い期間人間の側にいたことで、「猫」にまつわる言葉がたくさん醸成されてきました。みなさんはいくつくらいあげられますか。一番身近なのは「招き猫」の置物でしょうか。これは猫が福を招くと信じられていることによります(右手は金、左手は人を招く)。生活に密着したことわざもたくさん作られました。「いろはかるた」には「猫に小判」があります。類似表現として「猫に石仏」「猫に経」もあるし、動物を変えれば「犬に論語」・「馬の耳に念仏」・「牛に麝香」・「豚に真珠」(聖書由来)などもあります。

もちろん犬との比較もされており、「犬は人につき猫は家につく」があります。そのためでしょうか、「猫は三年飼っても三日で恩を忘れる」ともいわれています。ただし猫は化けるらしく、「猫を殺せば七代祟る」と恐れられています。

「猫に小判」の反対語として、「猫にまたたび」・「猫に鰹節」もあります。それに関連して「猫を追うより鰹節を隠せ」とか「猫を追うより魚を除(の)けよ」・「猫叱るより猫を囲え」ともいわれています。そこから「泥棒猫」も出てきますが、これは男を奪いとった女性に浴びせかけられる言葉(比喩)に偏っています。猫は女性に、犬は男性に喩えられているからでしょう。

もともと猫は鼠を捕るのが役目ですから、「鼠取る猫は爪を隠す」だし、反対に「鳴く猫は鼠を取らぬ」ともいわれています。猫が役に立たない時には「猫いらず」(殺鼠剤)が使われます。そこから比喩的に「猫と庄屋に取らぬはない」ともあります。この場合、猫は鼠を捕り庄屋は賄賂(わいろ)を受け取ることになっています。「窮鼠(きゅうそ)猫を嚙む」というのは鼠の方が主役ですね。鼠との関係では「猫に鈴をつける」もあります。

食べ物では「猫まんま(飯)」が有名ですね。「猫の食い残し」というのは食べ散らかすことですが、猫も食べない「猫跨(また)ぎ」もあります。また女性とのかかわりで、「女の怖がると猫の寒がるは嘘」ともいわれています。「猫ばば」というのは拾得物を自分のものにしてしまうことですが、元は「猫がばばを踏む」でした。

「ばば」というのは糞のことで、猫は排便後に後足で砂をかけて隠すことから、悪事をしても知らん顔をしていることの譬えに用いられるようになりました。猫にとってはちょっと気の毒な気がします。

「猫も杓子(しゃくし)も」というのは何もかもという意味ですが、これは古く一休禅師が、

        生まれては死ぬるなりけりおしなべて釈迦も達磨も猫も杓子も(一休咄)

という歌に詠じています。必ずしも猫と杓子に深い関わりがあるわけではないようです。

猫の体にまつわるものも多く、狭いものは「猫の額」、冷たいのは「猫の鼻」、変りやすいのは「猫の目」ですね。熱いものが苦手なのが「猫舌」、背中が丸くなっているのが「猫背」、媚びを含んだ声は「猫撫で声」です。忙しい時は「猫の手も借りたい」といいますが、もちろん役には立ちません。「猫足」は忍び足のこと、「猫の尻尾」はなくてもいいことの譬えです。なお長崎の猫は尻尾の骨が曲がっていることで有名です。

「猫の恋」は俳句の季語(初春)になっていますが、最近はシーズンレスですね。「借りてきた猫」はおとなしいものの喩えですが、それは「猫を被」っているからです。「猫に傘」は傘を開く音で猫が驚くことです。ちょっと卑怯な「猫だまし」は、相撲の決まり手にもなっています。「猫かわいがり」は溺愛すること、簡単に貰うのが「猫の子をもらうよう」で、誰もいないことが「猫の子一匹いない」です。「猫に紙袋」は紙袋に入った猫がそのまま後ずさりすること(尻込みすること)です。

探せばまだあると思いますが、これだけでも十分猫と人間の深いつながりはわかりますね。

 

※所属・役職は掲載時のものです。