メンソレータムとオロナイン軟膏

2018/06/15

吉海 直人(日本語日本文学科 教授)

子供の頃、家庭に常備されていた薬と言えば、塗り薬としてメンソレータム・オロナイン軟膏、胃腸薬として正露丸・ビオフェルミン・キャベジン、傷薬として赤チン・オキシフル、そして絆創膏としてリバテープ・バンドエイドなどが思い浮かびます。確か赤十字のマークの付いたプラスチックの救急箱に入っていました。

大人になって、虫刺されにメンソレータムを塗ろうとして容器を見ると、そこには「メンターム」と書かれていました。その時まで気にもしなかったのですが、あれメンソレータムとメンタームは違う製品なのかなと思って調べてみると、もともとはアメリカのメンソレータム社の製品だということがわかりました。その日本での販売権を獲得したのが近江兄弟社です。

この近江兄弟社は、キリスト教の伝道や建築家としても知られているヴォーリズが設立した会社でした。当初ヴォーリズは英語教師として一九〇五年(明治三十八年)に来日し、キリスト教の伝道をはじめとして近江八幡でさまざまな事業を展開しています。その基盤が近江兄弟社でした。「兄弟」といっても本当に兄弟で経営しているのではなく、キリスト教の同胞を意味するようです。

ヴォーリズという人は同志社にとっても大事な人で、一九一二年(明治四十五年)にはカレッジ・ソングの作詞を手がけています。それだけでなくアマチュア建築家ながら、同志社の致遠館・啓明館・アーモスト館・新島遺品庫の設計者でもあります。もっとヴォーリズのことが知りたければ、門井慶喜著『屋根をかける人』(KADOKAWA)をお勧めします。

ところがヴォーリズが亡くなった後、近江兄弟社は倒産してしまいました。そのためメンソレータムの販売権はロート製薬に移ってしまいました。その後、ロート製薬はアメリカのメンソレータム社まで買収しています。ですから現在メンソレータムは、目薬で有名なロート製薬の商品として販売されています。ご存知でしたか。

一方の近江兄弟社は、大鵬薬品工業の援助を受けて再建されましたが、もはやメンソレータムという名前では販売できないので、メンタームというよく似た名称で薬の製造販売をしているとのことです。中身も容器もほとんど変わらない薬が、メンソレータムとメンタームという似たような名前で別々に販売されているのですから、間違うのも無理はありません。

なおメンソレータムの容器には、昔ながらのナースの横顔が付いています。一方のメンタームはインディアンの少女の横顔になっています。よく見ると違いは歴然としているのですが、気にしないと同じに見えてしまいます。ややこしいですね。

もう一つのオロナイン軟膏ですが、こちらはメンソレータムと違ってメントールが入っていないので、塗ってもひりひりしません。製造元の大塚製薬はメンソレータムがヒットしているのを見て、自社でも軟膏を製造しようということで、アメリカのオロナイトケミカル社が開発した殺菌用消毒液を使って、昭和二十八年にオロナイン軟膏として発売しました。オロナインはオロナイトから考案された造語です。もちろんオロナミンCドリンクも同様でした。これはオロナインとビタミンCを合体させたネーミングです。当初、こちらは大正製薬のリポビタンDを目標にしていました。その秘策が炭酸入りにしたことだそうです。

大塚製薬は、テレビのコマーシャルをうまく活用したことでも有名です。これまでとんま天狗の大村崑・琴姫七変化の松山容子をはじめ、浪花千栄子・香山美子・名取裕子さんをCMに起用しています。とんま天狗は「姓は尾呂内、名は楠公」でしたね。女優の浪花千栄子など、本名が南口キクノ(軟膏効く)ということで、その面白さから長く起用されました。大村崑さんはオロナミンC(「おいしいとメガネが落ちるんですよ」)、松山容子さんはボンカレーの宣伝も有名ですね。

こういった家庭用常備薬は万能薬と信じられ、何にでも使われるのが常でした。オロナインなど途中で、「痔にもよろしいんでっせ」という効能まで付け加えています。現在はオロナインH軟膏という名称になっていますが、「H」は消毒薬であるヘキシジンの頭文字でした。なお大鵬薬品工業も大塚製薬も、現在は大塚HDの子会社になっています。

 

※所属・役職は掲載時のものです。