「ほととぎす」をめぐって

2016/07/15

「ほととぎす」は夏の風物詩の代表とされており、古くから和歌にも、

春は花夏ほととぎす秋は月冬雪冴えてすずしかりけり(道元)
形見とて何か残さん春は花山ほととぎす秋は紅葉ば(良寛)

などと詠まれてきました。そこで質問です。「郭公」と書いて何と読みますか。一番多い答えは「かっこう」でしょうか。もちろん「ほととぎす」と答える人もいるかと思います。では次の質問です。「かっこう」と「ほととぎす」は同じ鳥ですか、それとも違う鳥ですか。取りあえず鳴き声を思い浮かべてみて下さい。「かっこう」は文字通り「カッコー」と鳴きますよね。それに対して「ほととぎす」は「キュキュ、キュキュキュキュ」と鳴きます(「テッペンカケタカ」「東京特許許可局」「弟来たか」とも)。鳴き声からすると全く別の鳥ということになりそうです。

ところがややこしいことに、両鳥とも生物学的にはカッコウ目カッコウ科の鳥に分類されており、案外近いことがわかります。「かっこう」も「ほととぎす」も初夏に南アジアから飛来する渡り鳥であり、しかも「託卵」(ほととぎすは鶯の巣に卵を生む)という生態まで共通しています。ですから混同が生じるのも当然なのです。

ただし古典の世界では、「かっこう」と「ほととぎす」の混同など生じていません。少なくとも平安時代において、「かっこう」は文学に全く登場していないからです。要するに現代では「郭公」に二つの読み(意味)がありますが、古典では「ほととぎす」という読みしかなかったのです。というよりも、「ほととぎす」という鳥にはなんと二十を超す異名が存在します。それは「時鳥」「霍公鳥」「蜀魂」「無常鳥」「杜宇」「しでの田長」「早苗鳥」「田鵑」「勧農鳥」「夕影鳥」「黄昏鳥」「菖蒲鳥」「橘鳥」「卯月鳥」「妹背鳥」「うなゐ鳥」「魂迎鳥」「沓手鳥」「不如帰」「杜鵑」「子規」等です。みなさんはいくつ知っていましたか。

その中で最もポピュラーなのが「時鳥」でしょう。これは毎年初夏になると几帳面に到来するので、それが農耕の合図にされたことによります。つまり「ほととぎす」の声が田植えを始める時期を告げるということで、「時鳥」(時を告げる鳥)と命名されたのです。それもあって「早苗鳥」など田に関係のある呼び名も付けられています。また「菖蒲鳥」「橘鳥」「卯月鳥」など、初夏に開花する植物(橘・藤・菖蒲・卯の花)との関わりで命名されたものもあります。

ほととぎす鳴くや五月のあやめ草あやめも知らぬ恋もするかな(古今集469)
橘の香をなつかしみほととぎす花散る里をたづねてぞとふ(源氏物語花散里巻)

坪内逍遥の『沓手鳥孤城落月』はあまり知られていないかもしれませんが、徳冨蘆花の「不如帰」は有名ですね。また「ほととぎす」が鳴いて血を吐くとされたことで、結核を煩った正岡子規がペンネームとして使ったこと、また俳句雑誌の誌名を「ホトトギス」としたこともよく知られています。

その他、中国の故事に由来するものは「死・魂・悲しみ」のイメージをひきずっているとされています。「しでの田長」は本来身分の低い「賎(しづ)の田長」だったようですが、それが「死出」に変化したことで、「田植え」のみならず冥界と往来するイメージまで付与されました。

『万葉集』には「ほととぎす」が153首も詠まれています(鶯51首の3倍)。その中にある「山ほととぎす」は、決して「ほととぎす」の別種ではありません。当時は渡り鳥という認識がなかったので、

我が宿の池の藤波咲きにけり山ほととぎすいつか来鳴かむ(古今集135)

のように、山の奥から人里に出て来ると考えられていたのです。

その他「ほととぎす」の習性として、夜に鳴くこと、雨の日も鳴くこと、一ヵ所に留まらず飛び回りながら鳴くこと、そのため姿が見えないことなどがあげられます。百人一首にある、

ほととぎす鳴きつる方をながむればただ有明の月ぞ残れる(後徳大寺左大臣)

はその習性を見事に詠じていますね。