水無月祓いについて

2015/05/29

吉海 直人(日本語日本文学科 教授)

 

6月30日(晦日)は「水無月祓い」の日です。別名「夏(名)越の祓い」とも呼ばれていますが、これは厄除け・疫病予防の行事として行われているものです。古く『拾遺集』に「水無月の名越しの祓へする人はちとせの命延ぶといふなり」という歌があることから、少なくとも千年以上前から行われていた伝統行事だったことがわかります。

普通、1年の終わりは12月31日(大晦日)ですよね。その日に行うのが「年越しの祓え」です(年越しそばを食べます)。1年を2分割すると、6月30日は半年(前半)の終りの日(晦日)になります。その日には人々の罪や穢れを祓い、新しい次の半年(後半)を健やかに迎えることを願って、川などで大祓詞が読み上げられていました(本来は宮中祭祀として行われていました)。

それとは別に、紙人形(身代わり)に息を吹きかけたり、その紙人形で体を撫でて穢れを人形に移した後、川や海に流すという厄払いも行われていました。最近でも、名前と年齢・性別を書いた紙人形を流す行事が、多くの神社で行われています。きれいな水には清めの作用があるので、体に付いた穢れや罪などを水の力で取り除くのが「みそぎ(水削ぎ)」の語源でした。

近年はもっと手っ取り早く、神社などで茅の輪くぐりが行われています。これは旅人を助けた蘇民将来という人の故事に由来しているのですが、旅人からお礼にもらった茅の輪によって、流行していた疫病にかかることなく子孫が繁栄したことから、後に水無月祓いに組み込まれたのでしょう。

この茅の輪は、1回くぐればそれでいいのではありません。何事にも作法があります。正式には3回くぐることになっています。まず正面からくぐって左周りに戻り、次にもう1度くぐって今度は右回りに戻り、さらにくぐるとちょうど数字の8の字を描いたことになります。そのまま左回りに正面に戻って下さい。そしてもう一度茅をくぐってまっすぐ進み、神社の正殿にお参りします(都合4回くぐることになります)。

なお3回くぐる際には、先にあげた『拾遺集』の歌あるいは和泉式部の「思ふことみなつきねとて麻の葉を切りに切りても祓へつるかな」という歌を呪文のように唱えることになっています。またくぐる前には一礼し、左回りの時は左足で、右回りの時は右足で輪を跨ぎます。そして最後はやはり左足で跨いでください。茅の輪をくぐったことのある人はたくさんいると思いますが、この作法通りにくぐったことはありますか。今年は是非この作法を覚えて、半年間の厄落としをしてみませんか。

ところで私が京都に赴任してきて、ちょっと驚いたことがあります。それは水無月という名の和菓子に出会ったことです。九州でも関東でも目にしたことはありませんでした。京都では和菓子屋さんだけでなく、スーパーの店頭にも並んでいます(学食のデザートにもありました)。あの三角形で上に小豆の載っているお菓子です。

そこで詳しく調べてみると、三角形のういろう生地は、氷をイメージしていることがわかりました。その頃は特に暑いので、暑気払いの意味もあったのです。また小豆は悪霊を祓うとされています。ですから水無月祓いの日にこれを食べると、厄落としだけでなく食欲不振にも効果があると信じられています。私同様、地方から京都に来た人は、異文化体験だと思って是非一度水無月を味わってみてください。厄払いして暑い夏を乗り切りましょう。

 

※所属・役職は掲載時のものです。