昭和５年の八重の和歌
吉海 直人(日本語日本文学科 教授)
八重は会津藩が名誉を回復した昭和３年に多くの歌を詠んでいますが、それ以外にも節目の折には必ず歌を詠じています。それだけでなく、晩年には短冊などへの揮毫を依頼されることも多かったようで、そのために同じ歌であっても、染筆した年月の異なるものが存しています。
そこで取りあえず八重の歌の集成を試みていたところ、「同志社同窓会学友会期報」55号（1930年12月）に、八重の歌が４首もまとまって掲載されていることがわかりました。八重はかつて同窓会の会長を務めていたことで、編集者から記事の依頼があったのでしょう。そこで近況紹介として、次のような文章をしたためています。
新島八重子刀自
早当年もこほろぎのこゑもあわれをつぐる頃と相成(あいな)りました。御皆々様方、校の為に相不変(あいかわらず)御つくし被遊(あそばされ)候こと、真に難有(ありがたく)嬉しく、かげながら感謝致居ます。小妹も何かしたゝめと仰せ候へども、何も申上候ことの葉も無御座(ござなく)、当年四月末故郷若松に久々にて参りました。
- 若松のわがふるさとに来てみればさきだつものはなみだ成けり
- 東山ゆみはり月はてらせどもむかしの城は今草のはら
- たらちねのみはかのあとをとふこともけふをかぎりとなくほとゝぎす
- 老ぬれどまたもこえなむ白河のせきの戸ざしはよしかたくとも
小妹は本来うたよみに不在(あらず)、只々出たらめ御笑ぐさに
昭和六年十月 新島八重子（八十六歳）
この日付には疑問があります。末尾に「昭和６年10月」とありますが、肝心の「期報」55が出版されたのが昭和５年12月ですから、「昭和６年」は「昭和５年」の単純な誤りだと思われます。そのことは八重の年齢が「86歳」となっていることからも察せられます。昭和５年こそは数えで86歳の年だからです。そうなると文面にある「当年４月末」というのも昭和６年４月ではなく、昭和５年４月ということになりそうです。
幸い福島県立葵高等学校（旧会津高等女学校）には、
明日の夜は何国の誰かながむらんなれし御城に残す月影 八重子 八十六歳拙筆
という書が所蔵されていますが、「八十六歳拙筆」とあるので、昭和５年の会津若松来訪（３度目）の折に書かれたものということで符合します。昭和５年に八重が会津若松を訪問していることは、「新島八重子刀自懐古談」（昭和７年５月）に、
一昨年も国へ行って墓へ行きますと、自分が砲術を教へた子供の石碑が一番に眼につきます。
と記されていることからもわかります。昭和７年時点での「一昨年」ですから昭和５年になります。同様のことは昭和７年６月17日の東京日日新聞福島版の八重逝去記事によっても確認できます。その記事の中に、
郷里若松には滅多に帰省しなかったが、会津高等女学校では修学旅行の折には必ず京都に老刀自を訪れ、一昨年四月下旬刀自が帰省の折も同校で会津戊辰戦争当時の思ひ出を講演し、八十六歳の老人とは思はれない元気であった。【写真はその当時揮毫し同校に寄贈したもの】
と書かれているからです。さらにここから、会津高等女学校で講演していた事実も浮上しました。ただし会津高等女学校の修学旅行の折に生徒と八重が会ったのは、昭和３年以外には知られていません。
なお、和歌４首の中の３首目に「たらちねのみはかのあとをとふ」とあります。そのまま訳せば、母（佐久）のお墓参りをした際に詠まれた歌ということになりそうです。しかし佐久の墓は京都にあって、会津若松にはありません。これはどうやら伝統的な「母」にかかる枕詞ではなく、それだけで「親」（父権八）を意味する用語のようです。父の墓なら会津若松にあります。
不思議なことに、この４首の中の２首目には昭和５年以前に作られた歌が混入しています。というのも「会津会会報」19号（大正10年12月）の「文苑」の中に、
古里 新島八重子七十七
東山弓張月はてらせどもむかしの城はいまくさの原
と出ているからです。八重は９年前の77歳（喜寿）の折にも会津若松を訪問しており、その時にこの「東山」歌を詠じていたのです（鶴ヶ城は解体されていてありません）。その年、八重は喜寿の記念として、
戊辰長月二十あまり三日さしのぼる月のいとさやかなるを見て 喜寿 八重子
- 明日の夜は何国の誰かながむらむなれし御城に残す月かげ （白虎隊記念館所蔵）
- 心和得天真 新島八重子 七十七歳 （福島県立博物館所蔵）あし
- 日々是好日 新島八重 七十七歳 （会津若松教会所蔵）
- 勇婦竹子女史 七十七 新島八重子 （岩澤氏所蔵）
など、会津若松でかなりの数の和歌や書を書き残しています。大正10年・昭和３年・昭和５年は、八重にとっても会津若松にとっても記念すべき年だったと言えそうです。少なくとも八重自筆の書幅や短冊が大量に書かれた年であることに間違いはありません。
こう考えると「東山」歌以外にも、この中に昭和５年以前に詠まれた歌が含まれている可能性も否定できません。最初の「若松の」歌などもっと早い時期、たとえば明治15年に夫婦揃って来訪した折の歌と見ることもできそうだからです。もちろん汚名をそそいだ感慨と見れば、昭和5年でもかまいません。
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