「かかりつけの医師」について

2023/08/22

吉海 直人(日本語日本文学科 特任教授)

 

「かかりつける」という言葉は、普段はあまり口にしませんよね。というより、これは「かかりつけの医師」「かかりつけ医」に限定される表現であり、それ以外の用法はありません。最近、「かかりつけの薬局(薬剤師)」という表現を目(耳)にしましたが、これは「医師」から「薬剤師」にスライドされただけのものです。

ところでみなさんには「かかりつけのお医者さん」いますか。あるいは「かかりつけの病院」はありますか。私は案外病気にかからないし怪我もしないので、滅多に(一年に一度も)病院には行きません。ですから「かかりつけの医師」といわれても、心当たりがありません。これまでそれで後ろめたさ(不安)を感じたことは一度もありませんでした。

そこで質問です。この「かかりつけの医師」は、患者側が必要としている存在なのでしょうか。それとも医師側が求めている制度なのでしょうか。そう考えた時、どうやら日本医師会がこれを推進しているということが見えてきました。つまり患者側の大半は、必ずしも「かかりつけの医師」がいなくても、必要に応じて病院を選択する場合が多いようなのです。そもそも病院に行かない健康な人にまで「かかりつけの医師」を求めるというのは奇妙というか理不尽ですよね。なんだか健康なことが悪のように思えてしまいます。

これに関して、興味深い調査報告がありました。厚労省がまとめた2020年の調査によると、五百床以上の大病院を受診した人の約四割が、最初から大病院を受診していたというのです。それに対して日本医師会の目論見は、最初に「かかりつけ医」(開業医)を受診し、そこで紹介されてから次に大病院を受診するという二段階受診方式のようです。要するにこの報告によると、現時点で国民の半数近くには「かかりつけの医師」などいないし、その必要も感じていないことが読み取れます。「かかりつけ医」制度は、日本ではまだ十分浸透・定着していないのです。もっと時間をかけて、そのメリット・デメリットを議論すべきではないのでしょうか。少なくとも「かかりつけ医」を必要としている人と、そうでない人が混在していることを理解してほしいのです。

ところがご承知のように、コロナウィルス蔓延の中、医療関係者の負担を軽減する策として、時期尚早と思われる「かかりつけ医」が声高に叫ばれ、一方的に国民に押し付けられました。例えばワクチンの予防接種は「かかりつけ医」のところで受けてくださいとか、発熱外来は「かかりつけ医」に相談してくださいとか、診察を受けた際に予防接種の予約をしてくださいとか、すべての人に「かかりつけ医」がいることが前提で話が進められているように思えてなりません。

そうなると、あまりお医者さんの世話にならない私のような人間は、「かかりつけ医」がいないことが大きなマイナス要素となります。たまたま発熱した際、近くの病院へ問い合わせても、診察券を持っていない私は、即座に「かかりつけ医」でないことを理由に検査を断られてしまいました。

コロナ禍によって、「かかりつけ医」制度は、いやおうなしに定着する方向に向かいそうです。もちろん疾患のある人とか通院の必要がある人にとっては非常にメリットのある制度だと思いますが、そうでない人にまで「かかりつけ医」を求めるのはいかがなものでしょうか。幸い私の熱は下がりました(コロナ感染ではありませんでした)が、病気でもないのに医師にかかって診察券を発行してもらい、「かかりつけ医」の患者として登録してもらわなければならないのでしょうか。

特にこれからのワクチン接種は、集団接種が受けられなくなったこともあって、どこでやってもらえばいいのか悩んでしまいます。「かかりつけの医師」がいない人もいることを理解していただけないでしょうか。というより歯医者さんでは三か月に一度歯石を取ってもらっています。ということで、私にも「かかりつけの歯医者さん」はいます。それに近いことがあれば、私にも「かかりつけ医」ができるはずなのですが、そういったことは現在の病院ではどこまで行われているのでしょうか。

いずれ遠からず高齢者になれば、いやでも「かかりつけの医師・病院」のお世話になるでしょうから、せめてそうでないこの短い期間くらい、医者と患者というのではなく、予防のためのお付き合いをしたいものです。

※所属・役職は掲載時のものです。