長崎の手遊び歌「でんでらりゅうば」を知っていますか
吉海 直人(日本語日本文学科 特任教授)
長崎には一風変わったわらべ歌が伝えられています。単に方言が混じっているだけなら、熊本の「おてもやん」などもあります。内容が不明瞭ということなら、鹿児島の「茶碗蒸し(虫)の歌」があげられます。「でんでらりゅうば」はそれらともやや違っているようです。
そもそもいつ誰が作ったのかもわからないし、曲名も付いていません。「でんでらりゅうば」は曲の出だしで、仮にそう呼んでいるだけです。もともと手遊びの方が主体だとすれば、歌詞の内容よりも語呂のいいものならそれでよかったのかもしれません。
まずはその短い歌詞を紹介しておきます。
でんでらりゅうば でてくるばってん でんでられんけん でーてこんけん
こんこられんけん こられられんけん こーんこん
たったこれだけです。一読して意味・内容がわかりにくいですよね。たぶん、何のことだか訳が分からないという人が多いのではないでしょうか。これをわかりやすく現代語にすると、
出られるならば 出ていくけれど 出られないので 出ていかないから
いけないから いけないから いかない、いかない
となります。たったこれだけの内容です。
せっかくなのでもう少し詳しく解説しておきましょう。最初の「でん」や「こん」は、調子(字数)を合わせるための繰り返し言葉でしょう。「ばってんは」長崎方言として有名ですね。末尾の「けん」も九州弁で、「だから」「から」「ので」の意味です。「こん」は古語の「来ぬ」が残ったもので、ここは「来ない」ことです。ただしこれを訳す場合は「行かない」とした方がわかりやすいようですね。
この説明を聞いても、やっぱり謎めいているというか、意味不明であり、一体何がいいたいのかよくわかりませんよね。そのため「でんでら龍」だとか、日露戦争あるいは丸山の遊郭のこと、はたまた夜這いの歌とかはたあげの歌など、いろいろな由来があげられていますが、どれもこじつけのようです。
逆にいえば、それこそがこの歌の狙いなのかもしれません。子供たちは意味なんてわからなくても、面白いからリズミカルだから、歌い続けたのでしょう。内容的には「出るに出られぬ籠の鳥」に通じているかもしれません。
この歌が全国区になるきっかけは、昭和五十九年から文明堂が、自社のカステラのコマーシャルソングに使ったことでした。文明堂といえば、「天国と地獄」という曲に乗せた「カステラ一番電話は二番、三時のおやつは文明堂」が有名ですが、他にも異なるバージョンがありました。その一つがこの「でんでらりゅうば」だったのです。
長崎空港でも、BGMとしてオルゴールでこの曲を流しているそうですが、平成十八年に長崎出身のさだまさしが、「がんばらんば」(頑張らないと)という曲の中に、「でんでらりゅうば」を挿入したことは見逃せません。さらにNHK教育テレビ「にほんごであそぼ」で取り上げられたことも、影響力は大きかったようです。
それに拍車をかけたのは、平成二十二年にやはり長崎出身の歌手・福山雅治が、自らのライブ(稲佐山・道標)の入場曲に用いたり、ベストアルバム「THE BEST BANG」(初回限定版)の中にこれを収録したことでした。また平成二十四年には、トヨタ自動車パッソのコマーシャルで、仲里依紗と川口春奈が手振りつきで歌ったこともあげられます。結構マスコミに取り上げられていますね。ただしこういったものは一時的な流行に終わってしまうので、いつの間にか忘れさられてしまいました。
長崎生まれの私は、小さい頃に手遊び歌として遊んだ記憶があります。誰に教わったのか覚えていませんが、四拍子のリズムに乗せて懸命に指を動かしていました。こういった歌は、伝承の過程で必ず替え歌が作られるものです。私の覚えている歌詞は、確か「電車の都合でこーられんけん」でした(長崎には市内電車が走っています)。これにしても、ちゃんと「で」「こ」と頭韻を踏んでいます。
この「でんでらりゅうば」をうまく利用しているものもあります。それはアニメ「妖怪ウォッチ」でした。「ようかい体操第一!」の中に出てくる「妖怪出るけん出られんけん」がそれです。これなど「でんでらりゅうば」を引用していると見てまず間違いないようです。
※所属・役職は掲載時のものです。