「ジュンク堂」の由来

2023/05/19

吉海 直人(日本語日本文学科 特任教授)

 

企業の名称に創業者の姓(名字)が使われているケースは珍しくないようです。ドラッグストアの「マツモトキヨシ」など、松本清さんの松本薬舗から全国展開しています。製薬大手の塩野義製薬も、塩野義三郎が創業者でした。これはちょっと珍しい名字ですね。総合商社の伊藤忠にしても、伊藤忠兵衛が創業した会社です。百貨店のソゴウにしても、十合(そごう)伊兵衛が創業したものでした。

よく知られているところでは、カシオ計算機(CASIO)は樫尾忠雄に由来しています。ローマ字で書くと「KASIO」ですが、世界を視野に入れて「CASIO」にしたそうです。本田技研工業株式会社は、初代本田宗一郎ですよね。同じくトヨタ自動車株式会社の創業も豊田喜一郎でした。なお名字の方は「とよだ」と濁るそうです。竹中工務店の初代竹中藤兵衛正高は、なんと慶長15年(1610年)創業の宮大工でした。これは歴史がありますね。

今でこそパナソニック株式会社と社名を変更していますが、かつての松下電器産業株式会社(ナショナル)はもちろん松下幸之助が起業したものでした。野村証券(野村ホールディングス)にしても、創業者は野村徳七です。学習塾で全国展開している公文式にしても、出発は公文(とおる)夫妻による算数教室でした。楽器のヤマハも、山葉寅楠さんがオルガン(風琴)から起業したものです。給湯機器のメーカーであるリンナイは、なんと林兼吉と内藤秀次郎の二人の名字(林と内)から考案されたものだそうです。最初は「ナイリン」だったそうですが,語呂が悪いのでひっくり返してリンナイにしたそうです。

江崎グリコは、江崎利一が牡蠣のグリコーゲンを抽出したキャラメルを「グリコ」と命名して販売したことに因むものです。家具やインテリアのニトリも、似鳥昭雄が起業したものでした。これも珍しい名字ですね。YKKは吉田工業株式会社の創業者吉田忠雄の頭文字です。ヤンマーにしても、創業者の山岡孫吉の「山」から命名したといわれています。フードサービスのシダックスは、志田勤にちなむ「シダ」から作られました。洋菓子の不二家は、創業者の藤井林右衛門の「藤」を「不二」にして、二つとない会社をめざしたそうです。芸能プロモーターの吉本興業にしても、吉本せいが創業者でしたね。NHKの朝ドラ「わろてんか」はまだ記憶に残っています。同じく渡辺クロダクションも、渡辺晋が創業した会社でした。

 名字を英語に置き換えたものとして、自動車のタイヤで有名なブリジストンは石橋ですよね。創業者の石橋正二郎は、最初ゴムを張った地下足袋を製造販売していましたが、その後、自動車のタイヤの国産化に転向して大成功しました。本来はストンブリッジなのですが、やはり語呂がよくないのでひっくり返してブリジストンにしたそうです。その他にも調べてみると、ブック・ブリッジ(橋本)、ビッグ・ビレッジ(大村)、ベル・ツリーあるいはベル・ウッド(鈴木)、ハイ・マウント(高山)、アップ・リバー(川上)などが見つかりました。サントリーにしても、創業者の鳥井新次郎の姓と、サン(太陽)を合成したものです。こういった会社名は、探せば他にいくらでも見つかるはずです。

その中で一番面白かったのが、大型書店チェーンとして全国展開しているジュンク堂書店でした。最初は「ジュンク」の意味がわからなかったのですが、調べてみたところ、意味が分からなかったのは当たり前だったのです。というのも「ジュンク堂」は「ジュンク+堂」ではなく、「工藤淳」という名前をひっくり返したものだったからです。さすがにこれには驚きました。

「工藤」というのは、ジュンク堂の代表取締役社長・工藤恭孝氏の名字です。でもこれをひっくり返しても、「ジュンク堂」にはなりません。実は恭孝氏の父親の名前が「工藤淳」だったのです。父はキクヤ図書販売株式会社の経営者でした。父の会社に入社した恭孝氏は、元町にあった書店(大同書店)を任されました。それが1976年に三宮センター街へ移転することになった際、店名を新しくつけることになりました。

そこで社員たちから社名を募ったところ、どれも平凡で社長の賛同が得られなかったそうです。困った恭孝氏は、苦肉の策で父親の名前をひっくり返した「淳工藤(じゅんくどう)」ではどうかと提案しました。すると父はすんなり受け入れたそうです。これが「ジュンク堂」というネーミングの誕生秘話です。

なお現在は丸善CHIホールディングスの完全子会社となったことで、店名も丸善ジュンク堂書店と称しています。

※所属・役職は掲載時のものです。