桜前線真っ只中!

2023/03/17

吉海 直人(日本語日本文学科 特任教授)

 

先日、気象庁が東京の開花宣言を行いましたね。3月14日というのは、統計を取り出した1953年以降最も早く、平年より10日も早いとのことです。ただし2020年・2021年も同様に早かったので、暖冬・温暖化現象によって開花が早まっているのかもしれません。昔は入学式につきものだったのに、ずいぶん早く咲くようになりました。これ以上早くなると、遠からず卒業式につきものの花になりかねませんね。

私は東京の開花宣言が発表されるたびに、いつもささやかな疑問が生じます。なぜ鹿児島などよりも東京の桜が早く咲くのだろうか、です。どうやら桜前線は、必ずしも南から北上するものではなさそうです。京都の開花予想は21日ですから、東京より一週間も遅いことになります(奈良は22日)。ちょっと悔しくありませんか。

ご存じのように、開花宣言に用いられているのはソメイヨシノの標本木です。この桜は国の方針もあって、北は北海道(札幌)から南は鹿児島(種子島)まで日本全国にたくさん植えられています。しかもソメイヨシノは、エドヒガンとオオシマザクラを交配して作り出された品種であり、そのため実というか種ができません。すべてが接ぎ木・挿し木などによって増やしたいわゆるクローンなので、標本木として比較するには最適のものなのです。ということで全国に58本の標本木が設置されているそうです。

ただし問題がないわけではありません。というのも沖縄は温暖すぎて、ソメイヨシノが開花しないからです。実はソメイヨシノが開花するためには、11度から15度までの低温日が60日必要だとされています。桜は寒い冬を越えて美しい花を咲かせていたのです(休眠打破)。ところが沖縄はその低温日が少ないために、開花しないというのです。これも不思議ですね。そのため沖縄では、ヒカンザクラ(カンヒザクラ)による開花宣言を行っているとのことです。逆に北海道では、エゾヤマザクラを標本木に使用している地域が少なくありません(五月に開花します)。

さて前に戻って、何故東京の桜は早く開花するのでしょうか。そんなことわかるのだったら、各都道府県で早く開花させる対策を取っているでしょう。漠然といわれているのは、東京はアスファルトが多いので、照り返しで木が温められるからだという説があります。ただし東京の標本木は靖国神社にありますから、むしろ土壌の質が重要かもしれません。また二月の平均気温が、東京は高い傾向にあることもあげられています。要するに東京全体が温暖化しているということです。それとは別に、若い木よりも樹齢50年以上の古い木の方が早く開花する傾向にあるともいわれています。

これでは納得できる答えにはなりませんね。しかしこれを具現していると思われる桜が京都にありました。それは同志社のすぐそばにある冷泉家の桜です。この桜は、京都で一、二を争うかのように早く咲きます。専門家に調べてもらったところ、普通のソメイヨシノだったとのことですが、毎年早く開花するので、多くの人は早咲きの品種だと思っているのではないでしょうか。

その桜をよく観察すると、今出川通りに突き出ている枝が早く咲いていることがわかりました。今年も東京の開花宣言より前に咲き始めていました。ですから、舗道のアスファルトの照り返しを浴びることで早く咲く、という説も捨てがたいのです。もう一つ、冷泉家の桜はかなり老木で、遠からず枯れてしまう恐れがあるとのことです。これも古木が早く咲くという説にピッタリですね。二重の意味で冷泉家の桜は、何故早く咲くのかの謎を探るための貴重な木だと思います。

京都の標本木は二条城にある桜ですが、もし冷泉家の桜が京都の標本木だったら、東京より先に京都の開花宣言が発表されるに違いありません。せめて東京より早く咲くソメイヨシノが身近にあることを、ささやかな喜びとしましょう。来年も元気に開花してくれることを心から願っています。

※所属・役職は掲載時のものです。