日本の「三大芳香木」

2023/03/07

吉海 直人(日本語日本文学科 特任教授)

 

みなさんは日本の「三大芳香木」を知っていますか。強い薫りのする花を咲かせる木ですから、いくつか候補は上げられますよね。古典だったらすぐに梅・藤・橘などがあげられますが、これらは入っていません。菊・藤袴・すずらん、最近だったらジャスミン・ラベンダーも思い浮かびますが、これは草なので該当しません。バラ・ライラックもいい香りがしますが、これも入っていません。一体誰が決めたのでしょうか。

もっと近場を探してみましょう。すると近所の道端に咲いている金木犀・沈丁花・くちなしが思い浮かびます。そうです。これが三大芳香木(庭木)なのです。どうやら季節ごとに決められているようで、春は沈丁花、夏はくちなし、秋は金木犀となっています。

まず春の沈丁花ですが、これはもともと外来植物でした。ですから平安時代の文学に出てこないし、和歌にも詠まれていません。原産地は中国で、室町時代までには日本に入っていたようです。そのことは『尺素往来』に「牡丹・杜若・沈丁花」とあること、また『日葡辞書』に「ヂンチャウケ。花の名」と出ていることからわかります。

もともと沈丁花という名称は、いわゆる香木の「沈香」のようないい香りがすることから付けられたものです。また「丁子」の香りもすることから、二つをミックスしたものという意味で名付けられたともいわれています。随分贅沢な名前ですね。

この沈丁花は雌雄異株ですが、よく見かけるものはほぼ雄株に限られています。ですから開花した後に実は付きません。まれに赤い実のついたものを見かけることもありますが、実には毒が含まれているとのことなので、食べられません。

伝来したのが室町時代ということで、古典にはほとんど登場していないようです。俳句には江戸時代以降詠まれていますが、有名な句は思い浮かびません。

次は夏のくちなしです。くちなしは外来種ではなく、日本にも自生していました。ですから平安時代の『古今集』に既に詠まれています。

山吹の花色衣主や誰問へど答へず口なしにして(1012番)

これは素性法師が詠んだ歌ですが、「くちなし」が「口無し(ものをいわない)」の掛詞に使われています。もともとくちなしは、実がなって熟しても割れない(口を開けない)ことから、くちなしと名付けられたとされています。それが掛詞として使えたので、歌にも詠まれたのです。

もう一つ、くちなしの特徴としてあげられるのは、古くから天然染料として用いられていたことです。『古今集』の歌にしても衣服の色が主題になっており、花や香りはまったく問題にされていません。考古学の発掘資料からすると、古墳時代には既に衣服の染料として使われていたことがわかっています。『源氏物語』賢木巻などにも、「梔子の袖口などなかなかなまめかしう」(136頁)と出ています。現代でも無害の天然色素として、芋や栗・たくあんなどの黄色い色素として活用されています。

三つめが秋の金木犀です。金木犀の香りは遠くまで届きますね。これも中国原産の木で、日本には江戸時代になって入ってきたとされています。これも雌雄異株ですが、なんと雄株だけが輸入されたらしく、原則日本に雌株はないとのことです。ですから実を見ることはできません。ただし何故か池袋の金木犀並木の中に雌株が混じっているらしく、その木だけには実がなるそうです。

なお新しく日本に入ってきた植物なので、これも古典には登場していません。『日本国語大辞典』では田山花袋の『田舎教師』の例があげられています。

ということで、なかなか納得のいかない「三大芳香木」でしたが、それは春夏秋で冬がないことに気づきました。どうせなら冬を加えて日本の「四大芳香木」にしたいと思ったところ、既に候補があげられていました。それは冬に花を咲かせる蠟梅です。

蠟梅には梅の漢字が使われていますが、梅の仲間ではありません。そもそも梅はバラ科ですが、蠟梅はクスノキ目に属しています。これも金木犀と同じように、江戸時代に日本にもたらされたものです。花弁が蝋燭のロウをかけたように見えるので、ロウバイと命名されたということです。それとは別に、陰暦十二月のことを臘月と称しています。正月より前に梅のような薫りのある花を咲かせるということで、蠟梅といわれるようになったのではないでしょうか。

※所属・役職は掲載時のものです。