金の草鞋

2022/08/22

吉海 直人(日本語日本文学科 特任教授)

 

みなさん「草鞋」という漢字は読めますか。これは「わらじ」と読みます。「ぞうり」ではありません(「ぞうり」は「草履」です)。では「金の草鞋」とあったら何と読みますか。「きんのわらじ」ですか、それとも「かねのわらじ」ですか。この「金」は「きん」ではなく、「かねのわらじ」と読むのが正解です。そもそもこの言葉は、「年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せ」という格言の一節でした。

仮にこれを「きんのわらじ」と読んだら、高価な金製のわらじですよね。そうなると金に糸目を付けずに探せという意味になりそうです。それも悪くはないのですが、この場合の「かねのわらじ」は、どれだけ履いてもすり切れない(履きつぶれない)丈夫な鉄製の草鞋という意味です。

「金」は価値が高いことから、金属の総称(代表)となり、いつしか鉄(くろがね)の別称としても使われるようになりました。つまり「金の草鞋」は「鉄の草鞋」だったのです。これだと努力を惜しまず、とことん辛抱強く探し回れという意味になります。姉さん女房は夫に尽くし、円満な家庭を保つとされています。それほど苦労してでも探すべき価値のあるいいものだということなのでしょう。

昔、私が学生だった頃、大学の自然人類学の授業で、樋口清之という有名な先生から、鉄製の草鞋の実物を見せてもらったことがあります。決してぴかぴか光ってはいませんでした。むしろ錆びていましたが、これなら確かに長持ちしそうでした。ただし硬い鉄ですから伸縮しそうもありません。履いてみないと何とも言えませんが、履き心地がよさそうには見えませんでした。

ここでもう少し「金」という漢字について詳しく考えてみましょう。まず読み方ですが、音読みとしては「きん」(漢音)か「こん」(呉音)ですね。「金色」は「きんいろ」とも読めるし、「こんじき」とも読めます。「こんじき」は中尊寺の「金色堂」(岩手県平泉市)が有名です。「黄金」だと「おうごん」に濁ります。

次に訓読みですが、これは「かね」「かな」「こがね」の三つです。「かね」は「金目」などですが、「かね」よりも「針金」「裏金」「小金」など連濁して「がね」となることが多いようです。「こがね」は「黄金」とも書きますね。『竹取物語』には「よごとに黄金ある竹を見つくること重なりぬ」とありました。また「かね」が変化した「かな」もよく使います。「金物」や「金網」「金気」などがそうです。

それ以外の特殊な読みとして、「鍍金」は熟語として特別に「めっき」と読ませています。また「金糸雀」と書いてこれを「カナリア」と読ませています。これは完全に当て字ですね。これが人の名字となると、「金井」(かない)とか「金田」(かねだ)、金本、金村はよく耳にします。「金田」に「一」が付くと、たちまち読みが「きんだいち」に変わります(東北・北海道に多い?)。もちろん中国や韓国には、一字姓の「きむ」さんもたくさんいます。

もともとは希少で貴重な「金」(Au)のことだったのでしょうが、そこから派生して美しいもの立派なもの、あるいは貨幣にも使われるようになっていきました。最初は金製(金貨)だったのでしょうが、銀製・銅製と増えて行きました。この用法にだけ、敬称の「お」が付いて「お金」といいます。「金のなる木」は「コインツリー」の訳語ですが、これは葉がコインに似ていることから命名されたもののようです(金は成りません)。

中国の陰陽五行説では、金は白と同じく西あるいは秋の意味を持たされています。さらに比喩が進むと、「金色」という色彩にも用いられます。「金髪」や「金魚」も同様ですね。日本では小判の輝きを「山吹色」とも称していました。さらには「金曜日」という曜日の一つにまでなっています。これは「金星」からきた言葉です。もちろん明るく輝いているから「金星」と称されているのです。

※所属・役職は掲載時のものです。