回転寿司の栄枯盛衰

2022/06/06

吉海 直人(日本語日本文学科 特任教授)

 

みなさんは回転寿司を食べたことがありますよね。そこで質問です。みなさんは回転寿司屋さんの名前をいくつ上げられますか。関東と関西では勢力分布が異なっているので、知っている店名も違っているかと思います。全国的に知られているのは、スシロー・くら寿司・はま寿司・かっぱ寿司・元気寿司・すしざんまいなどでしょうか。その他にも、魚べい・がってん寿司・にぎり長次郎・函館市場・大起水産回転寿司・平禄寿司・アトム・すし銚子丸・海鮮三崎港・にぎりの徳兵衛など、実にたくさんの店があります。

では、回転寿司の元祖というか、最初に回転寿司を始めたのはどこでしょうか。普通の寿司屋なら店を開くだけですが、回転寿司だと大がかりな機械の開発が必要です。最初の回転寿司は、大阪の「元禄寿司」でした。創業者の白石義明さんは、白石家の系図が元禄時代まで遡れることから、大阪で開業した小料理屋の名を「元禄」と命名したそうです。

その後、立ち食いスタイルの寿司屋を思いつきました。そんな中、たまたま見学した吹田のアサヒビール工場で、ビール瓶を運ぶベルトコンベアを見た白石さんは、寿司を載せて動くベルトコンベアを思いついたそうです。それから10年の歳月をかけて、コンベア旋回食事台を開発しました。そして昭和33年に、近鉄布施駅北口に「廻る元禄寿司」をオープンさせました。ちょうどソ連(ロシア)が人工衛星(スプートニク1号)を打ち上げたところだったので、それにちなんで「人工衛星廻る寿司」というキャッチコピーまで考案しました。

昭和45年に大阪万博が開催された際、元禄寿司は万博に出店したことで、全国にその存在が知られるようになりました。ただしコンベアは白石さんが実用新案を登録していたので、昭和53年までは元禄寿司のフランチャイズ店しか開店できなかったとのことです。そんな中、昭和43年、宮城県仙台市に東日本初のフランチャイズ店も開店しています。関東の回転寿司は東京が最初ではなかったのです。

白石さんの権利が切れた後、雨後の竹の子のように続々と回転寿司店が店開きをしました。もっとも白石さんは機械の実用新案だけでなく、「回転」「廻る」「まわる」などの用語もしっかり商標登録していたので、「回転寿司」という表現は他店では使えませんでした。平成九年に使用を許容したことで、ようやく自由に回転寿司を名乗ることができるようになったとのことです。

「小僧寿し」も大阪の店でした。これは昭和39年に「スーパー寿司・鮨桝」から始まったもので、昭和45年に「小僧寿し」として全国展開しています(創業者は山本益次)。昭和54年には年商531億円を計上し、外食産業日本一となっています。さらに店舗数は2千を超え、平成3年には年商が1千億を超えました。

ところで、最初に「小僧寿し」という名前を耳にして、もしやという思いがありました。小僧と寿司が結びついたものとして、真っ先に想起されるのは志賀直哉の『小僧の神様』という小説だったからです。ひょっとするとここから命名されているのかなと思って調べてみたところ、やっぱりそうでした。

これは秤屋の小僧(丁稚)仙吉が、思いがけず寿司をご馳走になる話です。「小僧寿し」はその仙吉の気持ちに寄り添い、安くておいしい寿司を提供することをモットーにしているとのことです。ただし好調は長くは続きませんでした。平成22年以降は10年連続で赤字が続いています。いつ倒産してもおかしくない状態だったとのことです。企業努力が実って、令和元年には債務超過が解消されました。たまたまコロナウィルスの蔓延によって、持ち帰りやデリバリー(配達)が売り上げを伸ばしたのも幸いでした。

その「小僧寿し」に似た名称の「小銭寿司」もありましたね。「小銭寿司」というのは、小銭で買える安い寿司ということでしょうか。この会社は俳優の太田博之が経営していたことでも有名でした。太田博之は子役としてテレビによく出演していたので、私もよく知っています。

一時は「西の小僧寿し、東の小銭寿司」といわれるほど繁盛していましたが、昭和61年に太田が強要・監禁の容疑で逮捕された事件をきっかけに、店は傾いてしまい、ついに破綻してしまいました。こうして「小銭寿司」は消滅したのですが、東京八広(やひろ)にあるフランチャイズ1号店だけは、現在も営業を続けているとのことです。

回転寿司は、既存の寿司屋を倒産させる勢いで全国展開されましたが、今度はコンビニと同様に勝ち組と負け組に色分けされつつあります。高価な寿司を庶民の食べ物にした功績は大きいのですが、職人でもないアルバイトの店員に寿司を握らせていてはいけません。もともと回転寿司は、人手不足を解消するために考案されたのですから、安くてもおいしい寿司を提供しないと客は離れてしまいます。

最近はいろいろな回転寿司が登場しています。寿司以外の商品に力を入れ、ファミレス化した店もあります。また回転寿司なのに回転しないで、タッチパネルで注文する店も増えてきました。これは大衆寿司をめざしているのでしょうか。反対に高級なネタで勝負する回転寿司も出現しています。今後どうなるのでしょうか。

※所属・役職は掲載時のものです。