八月四日は「箸の日」

2021/07/26

吉海 直人(日本語日本文学科 特任教授)

 

小さいころ、箸の持ち方について注意された経験はありますか。慣れないと箸は使いにくいですよね。では一体いつから日本人は箸を使うようになったのでしょうか。今回はその歴史を辿ってみましょう。

そもそもほとんどの動物は道具を使いません。人間にしても、太古の時代には手掴みで物を食べていました。西洋でも、調理用は古くからありますが、食事にナイフ・フォーク・スプーンのセットが揃って使われるようになったのは、遅れて19世紀頃ともいわれています。

手で食べるのは衛生上の問題があることで、伝染病の予防のために手食が回避されたのかもしれません。また熱い汁物などは火傷する恐れがありますね。そこで匙(スプーン)などが使われるようになりました。

では食事に箸やナイフ・フォークを使っているのは、どれくらいの比率なのでしょうか。ある統計によると、世界中で箸が3割、ナイフ・フォークが3割、残りの4割は道具なしの手食だそうです。箸が3割もあるのは、もちろん中国が含まれるからです。またイスラム教やヒンズー教(インド)では道具は穢れているとされているので、今でも手食が一番多いのです。これは宗教上の問題でもあったのです。

もうお分かりのように、箸は日本固有のものではなく、お隣の中国でも韓国でも使っています。もともとは中国から日本にもたらされたものでした。「箸」という漢字は竹偏ですから、最初は竹製だったのでしょう。その竹は東アジア原産ですから、日本が箸を使うのも納得できます。もちろん「はし」は日本語の訓ですね(音は「ちょ」です)。その語源ははっきりしませんが、私はその形が鳥のくちばしに似ていたのでそう呼ばれるようになった、という説を支持しています。

さすがに中国では、紀元前から使われていたとされています。孟子の教えが箸の普及を促進したともいわれています。日本にも相当古く伝わったようですが、確実なのは聖徳太子の時代に、遣隋使の小野妹子が箸と匙のセットを持ち帰ってからとされています。もちろんそれ以前にも、縄文時代の遺跡から箸らしきものが発掘されています。また『古事記』には、スサノオが川上から箸が流れてきたのを見て、上流に人が住んでいることを知ったという記述があります。しかしそれは祭祀に用いられた道具だったと考えられます。というのも『魏志倭人伝』に掲載されている邪馬台国の記事の中に、倭人は手食だったという記述があるからです。あるいは階層によって異なっていたのかもしれません。

それはそうと、箸の置き方にも文化の違いがあることはご存じでしょうか。日本人は配膳の際、箸先を左にして横に置きますね(右利き用)。それに対して中国では、箸先を向こうにむけて縦に置きます。今度中華料理屋さんにいったら、是非確認してください。もっとも中国にしても、唐の時代までは横置きだったものが、宋以降に縦置きになったともいわれています。

また日本では家族の間でも箸を共有せず、各自自分の箸(マイ箸)を持っていますね。ところが中国や韓国では、そういった習慣はないとされています。もう一つ、日本では会合や弁当などで使い捨ての割り箸を使いますが、それも中国や韓国では見かけないとのことです。最近は、大学の食堂でも洗って再利用する箸になりましたが、新型コロナウィルスで、また使い捨てに戻っているようです。

ついでに、日本では牛丼やカツ丼など、どんぶりを手に持って食べますが、中国や韓国では器を置いたまま食べるので、匙(レンゲ)を使って食べます。韓国などご飯は匙でおかずは箸と使い分けているようです(器は持ち上げない)。日本人を見て、茶碗に口をつけて食べるのははしたないと思っているかもしれません。

さてその箸の日ですが、これは単純に「八四」の語呂合わせで八月四日です。割り箸組合によって昭和50年に制定されました。もう一つ、箸を立てると11になりますね。その箸二膳で11月11日になります。これも遅れて平成27年に箸の日に制定されています。こちらは日本だけでなく中国・韓国も交えてのものですから、語呂合わせは通用しなかったのでしょう。

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