過剰敬語には要注意!

2021/07/16

吉海 直人(日本語日本文学科 特任教授)

 

ファストフード・ファミレスやスーパーのレジで、「お会計の方」「一万円からで」「よろしかったでしょうか」などといわれて違和感を抱いたことはありませんか。これは俗に「バイト敬語」と称されており、普段使い慣れていない敬語を使うことで生じたもののようです。これは接客用のマニュアル敬語とも称されています。そのため敬意がこもっているようには聞こえないこともあるし、中には用法が間違っている場合もあるようです。

例えば「よろしかったでしょうか」は「よろしいでしょうか」で問題なさそうなのに、何故わざわざ過去形にするのでしょうか。それに対して、これは過去形ではなく現在完了形と見て許容する国語学者もいるようですが、私はまだ納得できないでいます。中にはこれを北海道の特殊表現(方言の一種)だと分析する人までいるようですが、本当でしょうか。幸いこのことがマスコミなどで話題になったこともあって、ファミレスやスーパー側が使わないように指導したことで、バイト敬語の一件は一応落着しました(もちろんまだ残っています)。

また催事などで、「司会を務めさせていただきます」と耳にした時、やはり妙な違和感を覚えます。これについては文化庁の答申があって、

 1、相手側、または第三者の許可を受けて行う場合。

 2、そのことで恩恵を受けるという事実

の二つの場合に限って、「させていただく」を使ってもいいとしています。ということは、それ以外は不適格なのですから、たいていの例は誤用ということになります。司会の場合は「務めます」で十分のようです。同様に「発表させていただきます」にしても「発表致します」で十分です。「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」ということです。

これには進化形というべきものまであります。それは「送らさせていただきます」「やらさせていただきます」です。使う側は丁寧にいったつもりなのでしょうが、「ら抜き」の反対の「さ入れ」になってしまい、やはり耳に違和感が残ります。これなど「送らせていただきます」「やらせていただきます」(さ抜き)で十分のはずです。「書かさせていただく」「いわさせていただく」にしても、「書かせていただく」「いわせていただく」で問題ありません。「さ入れ」表現には十分注意してください。

これと似たようないい方に、「(キップを)拝見させていただきます」もあります。「拝見します」(見るの謙譲語)だけでも十分なのに、それにさらに「させて」「いただきます」までつけているわけですが、不思議に違和感はありません。それと似ているのが「おっしゃられる」です。「おっしゃる」で「言う」の敬語なのに、さらに「られる」という敬語を加えているので、古典文法のいわゆる二重尊敬に該当します。「召し上がられる」も「召し上がる」でよさそうです。

高貴な身分の方に対して使うのならならともかく、一般に敬語は一つで十分ではないでしょうか。当然「おいでになられる」「お越しになられる」は、「おいでになる」「お越しになる」でいいし、「お帰りになられる」「ご覧になられる」は「お帰りになる」「ご覧になる」で十分でしょう。「コーヒーをお飲みになられますか」にしても、「お飲みになりますか」で構いません。

ファストフードの場合、「店内でお召し上がりになられますか」など、「お召し上がり」は「召し上がる」(食べるの尊敬)に「お」が、さらに「になる」「なられる」がついた三重の過剰敬語になっています。これなどあっさり「店内で召し上がりますか」でよさそうですが、もう少し敬意を表した方がいいという判断が働くのでしょう。「ご注文をお伺い致します」「拝見致します」にしても「伺います」「拝見します」で十分です。ただしこれも耳馴れてしまったせいか、あるいは謙譲語だからなのか、違和感は感じません。

その他、よく考えると「とんでもございません」も奇妙な表現ですよね。「とんでもない」の「ない」→「ありません」を丁寧な「ございません」に変換したつもりでしょうが、それなら「とんでもないことです」の方がよさそうです。丁寧すぎる敬語は、かえって相手を不愉快にさせることもあるので、くれぐれも過剰敬語には気を付けましょう。適切な敬語表現は、就職活動に役立つだけでなく、社会人としても大事なマナーです。

※所属・役職は掲載時のものです。