「オタク」文化について

2021/07/05

吉海 直人(日本語日本文学科 特任教授)

 

みなさんは「オタク」という言葉を知っていますよね。では、それは本来どういう意味なのかご存知ですか。ついでに、みなさんは「オタク」をプラスの意味で使っていますか、それともマイナスの意味で使っていますか。

そもそも「オタク」は決して新語・造語ではありません。ずっと前から普通に使われていた「お宅」を起源としているからです。この「お宅」というのは、二人称に属するものでした。もっとも一般的な二人称は「あなた」ですよね。その少しだけ敬称として「そちら様」とか「あなた様」とかに属するのが「お宅」という言い方でした。これは家(宅)に住んでいる人を婉曲的に表す言い方です(「殿」もそうです)。ですから本来の用法は、よく知らない相手に対するやや敬称を込めた言い方だったのです。

この「お宅」を「お宅ら」などと多用したのが、アニメゲームなど嗜好性の強い愛好者たちでした。1970年代には、それを揶揄する感情を込めて「お宅族」という集団に対して使われるようになりました。ただし守備範囲が広いこともあって、「オタク」を定義(限定解釈)するのはなかなか難しいようです。

この「オタク」が批判的に定義されたのは、1983年にアイドル評論家の中森明夫が、「「おたく」の研究」というコラムを連載した時からだとされています。その中で、中森がコミックマーケットに集まる特殊な集団に対する蔑称として、ネガティブな意味を込めて「彼らを「おたく」と命名する」と述べているからです(最初はひらがな表記でした)。

当初はマイナスの意味合いが強かったのですが、アニメファンやSFファンは、自嘲・コンプレックスを含めてそれを受け入れ、むしろ積極的に「オタク」を自認するようになっていきました。当然のことながら、もともと「マニア」と「オタク」には明らかな意味の違いがありました。要するに、社会通念上好意的に認められている趣味は「マニア」であり、批判的というか偏見をもって見られていたのが「オタク」だったのです。そこには反社会的なニュアンスまで含まれていました。

ところがアニメやゲームが爆発的に拡大していくと、次第にマイナス要素が払拭されていきました。そのため「マニア」との線引きができにくくなり、次第に市民権を獲得していったのです。それは「オタク」が、消費意欲の高い集団であることがわかったからでもありました。日本企業がそれを見逃すはずはありません。ここに至って新たに「オタク」ビジネスが浮上したのです。

平成になると、単純に何かに熱中している人、一つのテーマに没頭している人を、いい意味で「オタク」と称するようになりました。アイドルオタク・ダイエットオタク・鉄道オタクまで登場しています。それどころか、「オタク」は日本のサブカルチャーを代表する言葉としても機能しており、現在では「オタク」は世界に通用する文化(共通語otaku)として、プラス評価を受けるまでに至っているのです。今や「オタク」は、「カッコいい」の意味まで担っています。それもあって、オタク用語も堂々とまかり通っています。調べてみると「推し」「天井」「リセマラ」「リアコ」「マチソワ」などがあがっていました。また「オタク」とは異なる美少女キャラに特化した「ヲタク」まで登場しているとのことです。こうなると私には到底ついていけません。

なお、「オタク」文化と密接な関係がある場所が東京の秋葉原ですよね。戦後はラジオの部品を扱っていた専門街だったのですが、後に家電街やパソコン街へと変容する中で、アニメ・ゲーム・フィギアなどのメッカ(聖地)となっていったこと、またメイドカフェなどのコスプレ人気と相まって、急速にオタク文化の町(聖地)といわれるようになっていきました。今では至る所にオタクショップが見られ、「アキバ文化」という言葉まで使われています(国際的な観光名所?)。

矢野経済研究所(業界調査)の調べによると、すでに若者の五人に一人は「オタク」だそうです。それが2030年には三人に一人の比率になるとまで予測しています。かつてサブカルチャーと称されていたものが、今後はメインカルチャーにまでなりあがるとのことです。

※所属・役職は掲載時のものです。