多義的な「甘い」という言葉

2021/05/14

吉海直人(日本語日本文学科 特任教授)

 

言葉の意味を考える時、反対語をあげてみるというのも有効です。では「甘い」の反対語は何でしょう。真っ先に「辛い」があげられますね。お酒の場合は、辛党と甘党に分かれています。

ただし「辛い」にも多義性があります。カレーが辛いのは、香辛料が舌を刺激するからです。もう一つ「塩辛い」(しょっぱい)こともいいます。そうなると「甘い」には、塩気が少ない(強くない・薄い)意味も含まれることになります。

慣用句として「酸いも甘いも噛み分ける」といういい方がありますね。これは必ずしも実際の味覚ではなく、人生経験が豊富でつらいこともうれしいことも知っているという意味です。この「甘い」と「酸い」(すっぱい)は両極でしょうから、これも反対語とみてよさそうです。

ところでご承知のように、味覚には五味があります。それは「甘味」「塩(鹹)味」「苦味」「酸味」「うま味」の五つです。ここに「辛味」が入っていないのは、「辛味」と「渋味」は味覚とは別に、「痛覚」という刺激の強い感覚として区別されているからです。

五味にある「塩味」「酸味」は、「甘味」の反対語でよさそうです。残る「苦味」も反対語と思ってよさそうです。「ほたるこい」という童謡の歌詞を見ると、「あっちの水は苦いぞ、こっちの水は甘いぞ」とあるからです。もっとも蛍は、決して甘い水が好物ではありません。

それに対して「うま味」は、「甘味」の同義語・類義語といえそうです。古く砂糖は外国からの輸入品だったので、高価かつ貴重品でした。ですから「甘い」ものは「うまい」ものでもあったのです。特に果物の類は「甘い」と「うまい」がかなり重なっています。それもあって、「甘い」という漢字には「うまい」という読みも昔からあったのです。

もともと味覚用語だった「甘い」が、「うまい」と互換性を持つようになったことで、価値が高くなったというかプラス評価となりました。うまいは「おいしい」という以上に心地のいいものだったからです。そうなると「まずい」も「甘い」の反対語に入れていいことになります。

後世に至って、「甘い」の用法はさらに拡大していきました。それは味覚を離れて、視覚・聴覚・嗅覚にまで及んでいます。視覚でよく聞くのは、「甘いマスク」といういい方です。これは顔が甘いわけではなく、目鼻立ちが整っていることで、見る人をうっとりさせるようです(ハンサム・イケメン)。では「甘い声」はどうでしょうか。これも耳障りでないどころか、聞いていると心地よくなる声です。

ただし女性の「甘い声」というのは、猫なで声というか男性に甘える普段とは異なる発声のようですね。「甘い香り」にしても、心地よくなる香りのことです。ただしこういった「甘い誘惑」には思わぬ危険も伴います。そういえば「気を付けよう、甘い言葉と暗い道」という痴漢防止の標語もありましたね。

これが料理の調味料となると、「甘い」は必ずしもプラス評価ばかりではなくなります。「甘い」だけではおいしくないからです。適度な塩味があってこそ「うまい」のです。塩気の足りない「甘い」料理は、中途半端というか物足りないというマイナス評価を受けることになります。

「脇が甘い」とか「ネジの締め方が甘い」・「カメラのピントが甘い」「詰めが甘い」、あるいは「子供に甘い親」「相手を甘く見るな」というのは、間違いなくマイナス評価ですね。「読みが甘い」の反対は、もちろん「読みが深い」です。「採点が甘い」となると、反対語は「厳しい」になりそうです。お香にしても、古くは甘さが強調されているものは下品だとされていたそうです。

いかがでしたか。「甘い」の反対語、意外にたくさんありましたね。よく知っている「甘い」には、プラスもマイナスも含めて、こんなにたくさんの意味用法があったのです。さて、みなさんは「甘い」をきちんと使い分けていますか。

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