「おちょぼ」をめぐって

2020/12/11

吉海 直人(日本語日本文学科 特任教授)

 

NHKの朝ドラで「おちょやん」が始まりました。これは女優の浪花千栄子(本名、南口キクノ)をモデルにした一代記です。そのタイトルは主人公「竹井千代」の名前とも重なりますが、決して固有名詞ではありません。NHKの公式サイトには、

タイトルの「おちょやん」は”おちょぼさん”がなまった大阪言葉で、茶屋や料亭で働く小さい女中さんを意味します。

と説明されていました。女中さんは固有名詞でなく普通名詞でそう呼ばれるとのことです。そこで『日本国語大辞典』を引いてみたのですが、「おちょ」も「おちょやん」も項目にありませんでした。

次に「おちょぼ」で引いてみたところ。

⑴江戸時代、かわいらしい少女につけた名前。転じて、かわいいおぼこ娘。美少女。花(はな)

⑵江戸後期、京都、大坂の遊里で芸妓の供や使い走りをした少女。また、京都、大阪などで、茶屋などで働く少女をいう。小女郎(こめろ)。

とありました。「おちょぼ」は江戸時代から用いられていた言葉だったのです。ここでは辞書の⑵の後半の意味ということになりそうです。他の辞書(デジタル大辞典)では「15、6才までの少女」という年齢制限まで付けられていました。末尾にある「小女郎」というのは見習いの小娘という意味で、まだ半人前ということのようです。これに関連して、俗に「おちょぼ口」というのは、女の子の小さくかわいらしい口、あるいは気取ってすぼめた口つきのことですから、⑴の意味から派生した言葉のようです。

ついでに「ちょぼ」で調べてみると、中国伝来のさいころ賭博(樗蒲)で「かりうち」のことと出ていました。まったく違う意味ですね。これは平安時代の例が引用されているので、一番古い言葉ということになります。そこから転じて、浄瑠璃の台本に打たれた印の点のことをいうようになりました。これなど「ぽち」「ぼち」「ぽつ」「ぽっち」などとも語源が重なるようです。その「ぽち」には茶屋女などに与える少額の祝儀(チップ)の意味もあり、それを入れる袋(祝儀袋)が「ぽち袋」だったのです。

台本につけられた「点」を意味する「ちょぼ」は、当然小さいものですから、小さいものに対して「ちょび」「ちび」「ちょびすけ」「ちびすけ」「ちびくそ」「ちびっこ」「チビ太」などとも呼んでいます。「ちびまる子ちゃん」(さくらももこ作)は有名ですね。昔の「おそ松くん」(赤塚不二夫作)にも「チビ太」が登場していました。「ちびねこチョビ」(角野栄子作)という絵本もあります。また桂小金治司会の「日清ちびっこのどじまん」というテレビ番組(フジテレビ)もありました。

今も使われている「ちょび髭」にしても、ほんの少ししか生えていない髭という意味です。ヒトラー・チャップリンや夏目漱石はちょび髭の代表ですね。必然的に「少し」の意味も加わり、「ちょぼっと」「ちょびっと」「ちょっと」「ちっと」などという言い方もされています。それに近いのが「ちびる」「ちびちび」ですが、これはケチ(吝嗇(りんしょく))で出し渋る意味が強いようです。

なお小さいという意味から、年下の弟や年少の子の総称としても広く用いられています。さらにはペットの犬などに「ちび」とか「ぽち」と名付けられるようにもなりました。特に「ポチ」という名は、明治30年代以降に犬の名前として大流行しています(猫は「タマ」)。そのため昔話「花咲かじいさん」の犬は本来は神聖な「白」という名前だったのに、いつの間にか「ポチ」に改名されてしまいました。明治34年に作られた「花咲爺」(石原和三郎作詞)という童謡も、「うらのはたけでポチがなく」という歌詞になっています。

『動物のお医者さん』(佐々木倫子作)というマンガでは、「ちょび」という名のハスキー犬が登場していました。ご承知のようにハスキー犬は大型犬ですが、小犬の時はみんな小さいので、いずれ大きくなることを失念して「ちょび」とか「ちび」とか付けてしまうのではないでしょうか。そこには名づける側の精神的な優位が反映されているようです。

 

※所属・役職は掲載時のものです。