「丑年」について

2020/11/15

吉海 直人(日本語日本文学科 特任教授)

 

令和二年はコロナで明け暮れました。十一月にもなると、来年のカレンダーが発売されるし、年賀はがきも売り出されました。干支は庚子(かのえね)から辛丑(かのとうし)にバトンタッチされます。そこで今回は来年(令和三年)の干支にちなんで、「丑」について少しばかり勉強しておきましょう。

みなさん、十二支はご存じですよね。では子から亥までいえますか。その上で、この順番はどうしてこうなっているのでしょうか。もともと干支は中国の暦に由来するものでした。既に殷の甲骨文で、日付を記録するために用いられたそうです。本来は植物の成長過程を表していましたが、後に身近な動物に置き換えられました。日本にはずっと遅れて四世紀以降に伝来したとされています。だから日本にいない虎や羊が入っているのです。

その十二支の由来が、面白おかしく語られています。神様(お釈迦様)の発案で元旦の朝、新年の挨拶に来た順番に、一番から十二番までの動物を交代でその年のリーダーにするというのです。そこで動物たちは、我こそは一番になるということで大騒ぎになりました。そんな中、牛は足がのろかったので競争してもかなわないと思い、前日の暗いうちに出発しました。それを知ったネズミは、こっそり牛の背中に乗ったのです。早く出た甲斐あって、牛が一番早く神様のところに到着しました。その瞬間、ネズミが牛から飛び降り、牛より先に神様に挨拶したのです。

こうしてネズミが一番となり、牛は二番になりました。もちろん牛は怒ったという説もあるし、あえて二番に甘んじたという説もあります。万事お見通しの神様ですが、何故かネズミの行いをずるいと咎めてはいません。その他、龍と蛇(巳)は一緒に来たのに蛇が遠慮して龍を先にしたとか、猿と犬も一緒だったのに喧嘩ばかりするので、鳥が間に入って仲裁したので申・酉・戌になったともいわれています。こうして次々に順番が決まり、十二番目がイノシシになったというわけです。イノシシは足が速いのですが、まっすぐしか進めなかったために、かえって時間がかかったとのことです。

ここで質問です。十三番目に来た動物はなんだったかご存じですか。それはいたちでした。これには二つの説があります。一つは、いたちはもっと早く着いたのですが、十二番以内ならいいと思って、後から来た動物に順番を譲りました。いよいよ十二番目に入ろうと思った途端、後ろからイノシシが突進してきて突き飛ばされてしまい、十三番目になったという話です。もう一つは、ネズミが牛の背に乗っていたことに気づかず、自分は十二番目だと思っていたら、なんと十三番目だったという話です。

もう一つ、十二支にネコがいないのはどうしてだかわかりますか。どうやらネコは神様の話を聞き逃したらしいのです。そこでネズミに尋ねたところ、ネズミは元旦の次の日(二日)だと嘘を教えました。それを真に受けて二日にやってきたところ、すでに順番は決まった後だったので、ネコは十二支に入れなかったというのです。ここでもネズミはずるいことをしていますよね。だからネコはネズミを恨んで追いかけ回すようになったのです。

さすがにかわいそうに思った神様は、十二支には入れないがおまえたちに特別なことをしてあげようといって、いたちは月の始めの日を「ついたち」と呼び、ネコは時間の単位を「猫」(秒)としてもらいました。ちょっとこじつけ臭い話ですね。その他、十三番はかえるだったとか、最近の中国ではパンダにしようとかいろいろいわれています。

ところで牛はいつから日本に生息していたのでしょうか。どうも最初からいたのではなく、稲作と同時にユーラシア大陸から入ってきたようです。それは農耕にとって牛が必要不可欠な労働力だったからです。平安時代の貴族は、牛車を引かせるための牛が必要でした。菅原道真と牛の関係は有名ですね。道真を祀る天満宮には必ず牛の像があります。

また仏教では食肉を嫌っていましたが、牛乳や蘇(チーズ)は栄養食として食されていました。明治以降、牛肉を食べる外国の文化が導入されたことで、すき焼きや牛鍋が登場します。今となっては、牛は日本人に必要不可欠のものとなっているのです。

そのため牛をめぐることわざもたくさんあります。「商いは牛の涎」や「牛にひかれて善光寺参り」は有名ですね。また「鶏口となるも牛後となるなかれ」とか「角を矯めて牛を殺す」、「牛の角を蜂が刺す」や「牛に経文」「牛の歩み」もあります。慣用語としては「汗牛充棟」もありますね。子供の頃「食べてすぐ寝ると牛になる」といわれました。

なお英語で牛はなんといいますか。「カウ」とか「オックス」「ブル」とか聞こえてきそうです。ではその違いはわかりますか。「カウ」は乳牛、つまり牝牛のことです。それに対して「オックス」「ブル」は牡牛ですが、「ブル」は去勢していない雄で「オックス」は去勢している雄とされています。来年がいい年になりますように。

 

 

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