「きらきら星」伝来の経緯

2020/02/26

吉海 直人(日本語日本文学科 特任教授)

 

みなさん「きらきら星」という曲はご存じですよね。ではその原曲がどこの国のものか知っていますか。「イギリス」という答えが聞えてきそうですが、それよりもっと前、18世紀にフランスで作られた曲というのが正解です。しかも民謡ではなくシャンソンでした。最初は「あのね、ママ聞いてよ」というタイトルだったそうです。

作曲したのはジャン・フィリップ・ラモーとされています。この曲には大作曲家モーツアルトも関心を示し、1778年に「きらきら星変奏曲」を発表しています。これもご存じですよね。またサン・サーンスも「動物の謝肉祭」の中で一部引用しています。

この曲がイギリスに渡ると、ジェーン・テイラーという詩人によって見事に「Twinkle,Little Star」という替え歌に仕立てられました。それがみなさんよくご存じの、

Twinkle,twinkle,little star, How I wonder what you are!
Up above the world so high, Like a diamond in the sky!
Twinkle,twinkle,little star, How I wonder what you are!

という歌詞です。これが1805年頃刊の『ナーサリーライムズ』に掲載されたことで、その後マザーグースの一曲として世界中に広まっていきました。そのためイギリス原曲だと勘違いしている人が少なくないのです。

その第二次引用もあります。たとえばルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』では、「Twinkle,twinkle,little bat」とか、「Like a tea-tray in the sky」のようにパロディ化されて用いられています。もっとすごいのは、アルファベットを覚えるための歌「ABCの歌」(アルファベットの歌)として再活用されていることでしょう。こちらは1835年刊の楽譜が知られています。

この「ABCの歌」を日本に最初に持ち込んだのは、あのジョン(中浜)万次郎とされています。それは明治になる少し前のことでした。一方の「きらきら星」が日本に伝わったのは、遅れて明治14年のことです。最初は英語の教科書『ウヰルソン氏第二リイドル直訳』(明治14年)に掲載されました。ほぼ同時期に讃美歌の一曲としても伝わっています。当時は訳さずに英語のままで歌われていました。

それが日本語に訳されたのは、大正3年刊『英語唱歌教科書第一巻』(共益社書店)でしょうか。そこには著名な近藤逸五郎(朔風)の訳が掲載されています。それ以後、いくつもの日本語訳が試みられました。現在一般に定着しているのは、

きらきらひかる おそらのほしよ まばたきしては みんなをみてる
きらきらひかる おそらのほしよ

という武鹿(ぶしか)悦子さんの訳のようです。もっとも私が幼い頃に習い覚えたのは、

おほしさまぴかり ぴかぴかぴかり おそらのうえで おはなししてる
おほしさまぴかり ぴかぴかぴかり

という村山寿子作詞の「お星さま」でした。紛らわしいことに、

おほしさまぴかり ぴかぴかぴかり あちらのそらで こちらのそらで
おほしさまぴかり ぴかぴかぴかり

という篠崎もとみ作詞の歌詞もあります。また、

きらきらほしが おそらをてらす ひがしのおそら にしのおそら
きらきらほしがおそらをてらす

という歌詞も見つかりました。加えて都築益世作詞・團伊球磨作曲の「おほしさま」という別の曲まであります。ややこしいですね。
さてあなたの覚えている歌詞はどれでしょうか。ここまで歌詞が類似していると、これらは独自の作詞というより英語版の訳詞のバリエーションといえます。

 

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