「ねずみ」の基礎知識

2019/12/23

吉海 直人(日本語日本文学科 特任教授)

 

令和2年はねずみ年ですね。そこでねずみについてまとめてみました。残念ながら、いわゆる「ねずみ」はペットではありません。むしろ現代では、忌み嫌われる存在のようです。マンガの「サザエさん」もねずみが苦手でした。同じく「ドラえもん」にしても、猫型ロボットのくせにねずみが大嫌い(苦手)という設定になっています。その前提として、猫がねずみの天敵という設定があります(いたちや蛇もねずみの天敵です)。

以前「「猫」の慣用句」というコラムを書きましたが、どうも猫とねずみはセットで語られることが多いようです。外国の番組ですが、「トムとジェリー」はまさに猫とねずみが主役でしたね。その場合、「猫の前のねずみ」ということわざがあるように、猫の方がねずみより断然強いはずですが、「窮鼠猫を嚙む」や「時に遭えば鼠も虎になる」・「鼠も虎の如し」ということわざもあって、逆転することもままあります。

もちろん単独で人気者になっているキャラクターもあります。ディズニーのミッキーマウスがその代表でしょうか。イタリア生まれのトッポジージョも大人気でした。「にこにこぷん」というNHKのテレビ番組では、じゃじゃまる(山猫)・ピッコロ(ペンギン)と一緒にポロリ(ねずみ)が活躍していました。絵本では「ぐりとぐら」も人気がありました。

「田舎のネズミと町のネズミ」(イソップ物語)も印象に残っています。昔話の「ねずみのすもう」も同じような趣向で、肥ったねずみと痩せたねずみが登場しています。隣の(じい)型の「おむすびころりん」は、室町時代の御伽草子「鼠浄土」が原話とされています。御伽草子としては、他に「弥兵衛鼠」もあります。これはねずみが長者になる話です。仏教説話集の『沙石集』にある「ねずみの婿とり」は、昔話「ねずみの嫁入り」の原話です。娘にふさわしい婿を探す親が、太陽から始まって結局ねずみの婿に落ち着くという話です。

古いところでは、『古事記』の神話があげられます。大国主命はスサノオから野に放った矢を探してこいと命じられますが、野原で火に囲まれます。すると一匹のねずみが現われて、「内はほらほら、外はぶすぶす」と告げます。それを聞いて穴に隠れて危うく難を逃れるという話です。ここではねずみは神の使いのような役割です。その発展として、『源平盛衰記』では、「鼠は大黒天神の使者なり」とあって、大黒様の使いとして信仰の対象になっています。そのため京都市左京区にある大豊神社の中の大黒社には、狛犬ならぬ狛ねずみがあります。きっと今年は賑わうことでしょう。

では「ずいずいずっころばし」の「チュー」と鳴く「俵のねずみ」はどうでしょうか。古く『枕草子』には「ねず鳴き」のことが出ています。ねずみのことを「チュー吉」とか「チュー太郎」というのは、「チュー」と鳴くからでしょう。そういえば加藤和彦の歌に「ネズミチューチューネコニャンニャン」がありました。その線でいうと、大人気の「ピカチュー」もねずみの一種になりそうです。

このねずみは、ちっぽけな存在の象徴でもあります。『蜻蛉日記』では、生まれたばかりの赤ん坊のことを、「ねずみ生ひ」と表現しています。他にも「大山鳴動してねずみ一匹」とか、「ねずみが塩を引く」などと喩えられています。そこから「ただのねずみではない」といった表現も登場します。それとは対照的に、ねずみは繁殖力が強いことから、「ねずみ算」「ねずみの子算養」といわれています。これは子孫繁栄の意味です。それとは別に、「ねずみ講」(無限連鎖講)という犯罪用語にも使われています。

忘れてはいけないのは、ねずみは盗みを働くという汚名を着せられていることです。そこから「頭の黒いねずみ」という言葉もあります。もちろんこれはねずみではなく、盗みを働いた人間の比喩です。歌舞伎で有名な「鼠小僧次郎吉」は義賊だし、「加羅先代萩」の悪家老・仁木弾正は、妖術でねずみに化けて巻物を盗むという筋書きです。「袋のねずみ」というのは、もう逃げられないことです。「ねずみ捕り」というのは、ねずみ駆除の道具だけでなく、警察によるスピード違反取締りの隠語にも使われています。さあ、今年はどんな年になるのでしょうか。

 

※所属・役職は掲載時のものです。