マスクは日本の文化?

2019/11/21

吉海 直人(日本語日本文学科 特任教授)

 

寒くなったことで、マスクをつけている人を多く見かけるようになりました。そこでマスクの歴史について調べてみた次第です。そもそもマスクは外来語ですから、日本にはなかった文化でした。日本はずっと鎖国をしていましたから、必然的にマスクは明治以降に輸入されたものと考えられます。もっとも神事では、穢れた息がかかるのを避けるために、榊の葉や和紙を口に挟んで奉仕することが古くから行なわれてきました。

ここでマスクの意味を辞書で調べてみると、①仮面・面、②口を覆う衛生具、③野球やフェンシングの防具、④ガスマスクなどの防毒具、⑤デスマスク、⑥顔・容貌、などと出ていました。意外に汎用性が高いようです。この説明によれば、衛生マスク以外にツタンカーメンの黄金のマスクなど、顔を覆うもの全般に用いられていることがわかります。ただし「甘いマスク」というのは、仮面など付けていない素顔のことです。本来素顔(自分であること)を隠すものだとすると、この用法は例外になります。ふとマスクメロンが思い浮かびましたが、これは甘い香りということで麝香(musk)からきた別の言葉でした。

もちろんマスクは仮面や覆面が本道です。「オペラ座の怪人」の仮面も印象的でした。ただし古代の日本では、「仮面」という言葉は定着しておらず、伎楽や能は単に「面」(おもて)と称しています。その起源は中国の『周礼』に出ている「方相氏」に求められますが、これは追儺(節分)の鬼の起源でもありました。

それに対して仮面は新しく日本に定着した言葉で、戦後のテレビの普及に起源が求められています。大ヒットした「月光仮面」がその一つです。もっとも月光仮面は仮面ではなく、覆面とメガネでしたよね。それが仮面ライダーの人気によって、変身というスタイルが確立し、さらに光戦隊マスクマンなども登場します。

さて本題の衛生マスクですが、これも大きく二つに分けられます。一つは職業用・作業用で、もう一つは私用・家庭用です。もともとは明治以降に工場や採掘現場で粉塵用として使用されており、一般に普及することはありませんでした。ところが大正8年にインフルエンザが大流行したことで、予防のためのマスクが出回ることになります。それに続いて大正12年の関東大震災でも、マスクの需要が大幅に伸びました。

第二次世界大戦後、マスクは日常生活の中で使われるようになってきました。周期的に繰り返されるインフルエンザだけでなく、黄砂や花粉症対策の必須アイテムとして、さらにはPM2.5(科学物質)、サーズなどの予防にも用いられています。平成7年の阪神淡路大震災や平成23年の東北大震災もあげられます。

そもそも人間の口は空気の出入り口です。ですからマスクは、体内の菌を外に撒き散らさないようにする役目と、外に浮遊している菌を体内に吸い込まないように予防する効果が期待されています。ただし科学的にどれだけ予防効果があるかは未だ証明されてはいません。放射線を防ぐことなど所詮無理な話です。となるとマスクの実用的効用とは別に、お守り的な心理的効果が期待されていることになります。

そこからさらに女性がすっぴんであることを隠すためとか、口臭を隠すためとか、マスク着用の理由はどんどん多様化しています。遂にはマスク依存症という言葉まで登場しています。最近ではもはやファッショングッズになっているのではないでしょうか。ただし、マスクによって顔(特に口)の表情が見られないことで、人間関係に摩擦が生じる場合もあります。悪いことをしているのではないかと勘ぐられたり、他者とのコミュニケーションを拒否していると思われたりするからです。

こうして近代に至って、マスクが急速に普及・定着してきたわけですが、それは必ずしも世界的な傾向ではないようです。むしろマスクは日本人に適しているようで、日本人は必要もないのにマスクをしているという外国人の批判もあります。要するに日本人はマスクが好きなのです。ここまでくると、もはやマスクは日本文化といえそうです。

 

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