右と左の話

2019/08/22

吉海 直人(日本語日本文学科 特任教授)

よく日本では、昔は左が上位で右が下位だったといわれています。それに対して古代中国(漢)では右が上位だったといわれています。その名残が「左遷」という言葉です。右から左に遷されることが大きなマイナスだったからです。もっとも中国でも、唐の時代には左上位に変わっており、それが日本にもたらされたとも考えられます。

実は左が上位になったのは、争いごとがなかったからだという説もあります。というのも、もともと左右に差はなかったのですが、左は文官・右は武官と別れていたため、戦争があると右の武官が重視されることで右が上位になり、平和な時代になると逆に左の文官が上位になるというわけです。平安時代の日本は平和だったので、左上位になったというわけです。

なお西洋ではというか、世界的にはやはり右が上位でした。「右に出るものはいない」や「右に同じ」という慣用句は、そこから来ているのでしょう。「座右の銘」も右上位の思想のようですね。ついでながら英語の「ライト」には、右という意味以上に正しいという意味もあります。

では左利き・右利きはどうでしょうか。もともと右利きが多いことは間違いありません。それもあって武士の世界では左利きが認められず、右利きに矯正させられていました。つい最近まで学校でも、右手で鉛筆や筆を持たされたはずです。それが前提だからこそ、右と左を区別させるためにお箸を持つ手が右で、茶碗を持つ手が左という教えがあったのです。仮に左利きが認められていたら、これはかえって混乱を生じますよね。

ということで、昔は包丁にしろハサミにしろ、右利き用しかありませんでした。ところがスポーツの世界で左利きが有利だといわれるようになったこともあり、徐々に左利きを矯正しなくなりました。今では左で鉛筆(ペン)を持っている人もたくさんいるはずです。プロ野球の世界など、左投げの投手も左バッターも多いですよね。ボクシングでもテニスでもサウスポーは今やあたりまえです。

それとは別に、右回り・左回りはどうでしょうか。子供心にどっちが右回りなのかなかなかわからなかったという苦い記憶があります。そんな時、時計回りが右回りで、反時計回りが左回りと教わりました。遡ると、日時計の陰の回り方が時計回りの原点だそうです。最近はデジタルだらけなので、時計回りといっても通用しないかもしれません。

ついでながら陸上やアイススケートのトラック競技は左回り(反時計回り)が普通です。かつてヨーロッパでは右回りだったこともあったようですが、カーブの回りやすさを斟酌して、徐々に左回りに統一されたのだそうです(心臓との位置関係?)。ではネジやビンのふたはどうでしょうか。たいていは時計回りで閉まり、反時計回りで開きますよね。

ドアにも左開きと右開きがありますが、これは少々わかりづらいようです。家にある冷蔵庫を思い浮かべてみてください。どっちに開きますか。普通は左側に取っ手がついていますよね。それを右手でつかんで開けますから、それが右開きということになります。最近は両開きや観音開きもあるので、ますますやっかいです。

これを本に置き換えてみると、縦書きの本は右から左に進むので、必然的に右開きになります。横書きだと左から右に進むので、こちらは左開きというわけです。こちらの例の方がわかりやすいですよね。では京都の左京・右京はどうでしょうか。この場合は向かって右・左では通用しません。御所で南面(北を背に)していらっしゃる天皇から御覧になっての左か右かということです。

この理屈はお雛様にも応用されていました。だから古い並べ方は、向かって右に男雛をおいていたのです。それが西洋の影響を受けて、現在は向かって左に男雛を置くことが多くなっているようです。この論理は能舞台などにも適用できます。向かって右が上手(かみて)で、向かって左(橋掛のある方)が下手(しもて)になります。左右は決して対称ではないのです。

 

※所属・役職は掲載時のものです。