ある「がん看護専門看護師」のはなし

2019/01/31

當目 雅代(看護学部 看護学科 教授)

蒼苑館の私の研究室の扉に「とうめ」とひらがなと花とぶどうと犬でデコレートされたネームプレートを吊っています。“當目”が読みにくいから“ひらがな”で示しているわけではありません。ある「がん看護専門看護師」との思い出の品であるため、研究室の扉に吊っています。I専門看護師は、自ら進行性の胃がんを患い、発症後1年ほどで他界しました。彼女は亡くなる少し前までがん患者でありながら、病床から看護師としてがんで苦しむ患者さんのベッドサイドに寄り添っていました。そのネームプレートは、I専門看護師が大学院修士課程時代に私のために作成してくれたものです。I専門看護師の物語は、女優の藤原紀香さんが演じて、自らがんに倒れた実在の看護師をモデルに描いたヒューマンドラマとして「天国へのカレンダー」というタイトルでテレビ放映されました。

私とI専門看護師はある看護大学修士課程の同期でした。看護の大学院は色々な経歴の看護職が集まってきます。私のように看護教員経験のある者、Iさんのように臨床看護の経験が豊富な者、また看護大学を卒業したばかりの者などです。それぞれ看護について深く学びたい、看護学に貢献したいという思いで大学院に進学していたので、年齢や経歴は違いますが志は同じでした。看護大学院では、専門別にがん看護、慢性期看護、老年看護、母性看護などの領域がありました。I専門看護師は「がん看護」を専攻し、大学院を修了後に1年間某がんセンターで実践症例を積み「がん看護専門看護師」の資格試験に合格しました。今から20年前ではまだまだ専門看護師は少なく、また専門看護師の認知度が低い中、他界するまでの2年間をパイオニアとして精力的に活動されていました。Iさんは私に活動状況をメールや電話でたびたび報告してくるので、「がん看護専門看護師」としてやりがいを感じているなあと同時に、大変そうだと思っていました。最後にIさんを見舞ったのは、息を引き取る1ヶ月前でした。そのとき、Iさんはベッド上で「とうめさん、私のお腹の音聴いてみて。イレウスを起こして、教科書通りの金属音が聞けるよ。」と自分の聴診器で私に腹部の音を聞かせました。本当に「キーン、キーン」と教科書通りの音が聞けました。私は看護師だけど、友人としてどのような反応をとって良いのか戸惑いました。しかし、Iさんは辛い状況に置かれても「がん看護専門看護師」として私を通して看護学生の役に立ちたいという思いがあったのだと感じました。息を引きとる2週間前にIさんは、「こういう状態(昏睡)になって寝たら、最後まで起こさないでね」と言って自分の死を計画したかのように逝ったと聞いています。がん看護専門看護師だからこそ、自分の生と死の向き合い方を自分の思う方法で選択したのだと思います。

ここで専門看護師制度について紹介したいと思います。医療の高度化・複雑化への対応のため、看護にも専門性が求められました。看護職能団体である日本看護協会が認定する資格に、専門看護師、認定看護師、認定看護管理者があります。その中で専門看護師制度は1996年に「がん看護」と「精神看護」の領域ではじめて設けられました。専門看護師(CNS: Certified Nurse Specialist)は、認定審査に合格し、ある特定の専門看護分野において卓越した看護実践能力を有することを認められた者をいいます。その教育は、看護系大学院修士課程で行われています。特定分野とは、がん看護、精神看護、地域看護、急性・重症患者看護など13分野があります(2018年現在)。

専門看護師の役割は、
1.個人、家族及び集団に対して卓越した看護を実践する。(実践)
2.看護者を含むケア提供者に対しコンサルテーションを行う。(相談)
3.必要なケアが円滑に行われるために、保健医療福祉に携わる人々の間のコーディネーションを行う。(調整)
4.個人、家族及び集団の権利を守るために、倫理的な問題や葛藤の解決を図る。(倫理調整)
5.看護者に対しケアを向上させるため教育的役割を果たす。(教育)
6.専門知識及び技術の向上並びに開発を図るために実践の場における研究活動を行う。(研究)
があります(日本看護協会HPより)。これらの役割を果たしながら、専門看護師は5年毎に認定更新に挑んでいます。

1月末がくるとIさんを思い出します。15年前の1月末日に亡くなりました。Iさんは「私のあとを誰かついでくれないかなあ」と気にしていたと聞いています。私にも「とうめさん、看護が好きな学生さんをたくさん育てて、専門看護師の道に繋げてね」とよくハッパをかけられていました。きっと多くの看護師があなたの意思を引き継いでいると思うよと声をかけてあげたいです。

 

参考文献:

ライダー島崎玲子、看護学概論 看護追求へのアプローチ第4版、医歯薬出版株式会社、2018年

 

※所属・役職は掲載時のものです。