開かれた対話と多様性

2018/06/08

岡いくよ(看護学部 看護学科 実習助教)

妊婦さんや産後のママと赤ちゃん、そしてご家族の話を聴く活動を始めてから25年が過ぎました。医療機関に行くほどではない、暮らしの中の些細な心配や気がかり、赤ちゃんの育ちにまつわる暮らしのコツなど、知恵を出し合い工夫しながら分かち合ってきました。医療者としてというよりもどちらかというとママ友同士のおしゃべりからスタートした活動です。振り返れば、私自身子育てに翻弄され手探りで日々を過ごす中で、自分の至らなさや、未熟さ、無知に向き合う連続でした。助産師として助言できることがいかに一般論であるかを痛感し、育児の知恵の奥深さに頭が下がりました。
人をつなぐ対話
自分に自信がないことを認めてしまうと、とても楽に活動できるようになりました。まずは妊産婦さんの世界観(主観)を大切に、これまでどう歩んでこられたのか、何に価値を置いているのか、もののみかたや感じ方に触れることから出発しました。それぞれの人の日常的な営みが基準ですから自分の尺度で物事を判断し、安易に解決策を伝えることもしなくなりました。ただ、集まるひと同士が体験を共有し、対話を開いていくことができるよう、黒子になることを心がけました。単に聴くというよりも、多様な視点を質問の形で返して、その人の視野を広げるよう働きかけていく感じです。また、否定せず、人をつなげるように聴くことで対話が開き、思いもよらないアイディアに出会い、沢山の知恵が蓄積されていきました。
赤ちゃんを囲んで
赤ちゃんのつどいは、多いと40組以上の親子が集まります。たくさんの赤ちゃんとの出会いは、子どもの新たな一面を再発見することにもつながっているようです。例えばいつも泣いてばかりだと思っていたのに、さっと離れて遊びに行く様子や、おとなしい子だと思っていたのに気の強い一面をみたなど…。距離を置いて一歩引いてみることで、それまで抱いていた我が子のイメージから抜け出し、新たな関係を開くことにつながります。
また、赤ちゃんを囲んで対話をするということは、ひとりの赤ちゃんに親同士がそれぞれの視点から感じたことを伝え合うので、ひとりで子どもをみている時とは違って、赤ちゃんの多様性に気づく機会になります。「先月よりスッキリした表情になったけれど何かあったの?」との質問に、動きが活発になった、離乳食を沢山食べるようになった…など、みんなでみんなの赤ちゃんの成長を楽しんでいます。
赤ちゃんは話せなくてもからだで沢山のことをキャッチしています。ママの気持ちが乱れることがあると、赤ちゃんの様子でわかります。ひとりきりでがんばるママ、おばあちゃんとの関係に悩むママ、パパの仕事が忙しすぎて心配なママ…。それぞれの生活の世界を包み込むように、ゆっくりした赤ちゃんへのやり取りを通して親が自分に向き合い気づきが促されるとき、子育ての物語が紡がれていくことを感じています。
からだの声に耳を傾ける
「わからないことがわからないんです」最近の妊婦さんとお話しするとこう話される方が増えました。また、「お腹が張ってる?って聞かれても、どれがお腹の張りかわかりません」と話されます。自分のからだなのにどの程度お腹の赤ちゃんに触れていいのかわからなくて、そーっとなでる程度にしか触れられないと話されます。地域での助産師活動は、自分の手がたよりです。妊娠するまで自身のからだに向き合うことのなかった妊婦さんのお腹に触れながら、温かい、柔らかい、冷たい、硬いなど子宮の様子、赤ちゃんの姿勢、動き、位置などゆっくり一緒に感じていきます。妊婦さんのからだの感覚を呼び起こし、パートナーにも一緒に触れてもらいながら、おなかの赤ちゃんと、妊婦さんのからだに働きかけます。表現できずに不安を飲み込んで淡々と過ごされてきた妊婦さんも、お腹に触れながらからだのことや子育てへの想い、お産に向けての話をしているうちに、お腹がふわーっと柔らかく温かく緩んでくることがわかります。冷たいお腹の妊婦さんには手の温かさを使います。温かさを感じた妊婦さんが「お腹の赤ちゃんもあったかい方がいいですよね」といいながら、自分のからだを大切にすることに気づいてくれることが、また赤ちゃんを育むことにつながります。ゆっくりとからだの声に耳を傾けるコツをカップルに伝えて、自分自身のからだやお腹の赤ちゃんと対話する方法を体験してもらうことが新たな対話を生み出します。
ナラティヴを紡ぐ
実践を続ける中で見出したことは、自分にできることはわずかであるということを知ることでした。対話を通して他者の世界観に触れ、そのことがまた自分に投影され物語が紡ぎ出されていくことを経験する中で、ひとがそこにいるということの偉大さに触れました。対話は単に言葉を交わすことだけでなく、五感を研ぎ澄まして時間や空間、時代を共有する中で育まれるものであることに気づくとき、臨床に出ることが不安な学生さんに、何かをしようとしなくても、そこに居続けることが大切なのだとお伝えしたいと感じています。

 

※所属・役職は掲載時のものです。