睡眠負債って知っていますか?

2017/12/20

三橋 美和(看護学部 看護学科 准教授)

2017年の新語・流行語大賞が発表されました。年間大賞の「インスタ映え」と「忖度」は多くの皆さんがご承知と思いますが、トップ10に「睡眠負債」が入ったことをご存知でしたか?

睡眠負債とは、睡眠不足は蓄積するもので、たとえ毎日少しずつでもそれが借金のように積み重なると、やがて「債務超過」になって、脳の機能が衰えたり、がん、認知症など健康に深刻な問題が起きるという警告を含めた言葉です。
私は10年ほど前から睡眠健康の支援に関する研究を行っており、大学生の睡眠健康を改善しようとセミナーなども開催していますが、なかなか関心を持ってもらえません。そこで大学生に睡眠の実態や睡眠をどう考えているのかを聞いてみると、最近は様々なメディアが睡眠に関する知識を提供していることもあって、睡眠が大切という認識はあるようです。しかし、SNSの利用で睡眠時間が削られて辛いのでいっそこの世からスマホがなくなればいいのに、という発言はあっても、その関心はどうすれば眠気を取ることができるのか、どうすればショートスリーパーになれるのか?であって、生活を見直して睡眠を確保しようとはならないようです。

そんな中でのトップ10入りのニュースでした。流行語とは、「広く大衆の目・口・耳を賑わせた言葉」だそうですが、「睡眠」という言葉に多少敏感な私でさえ、賑わせた?どこで?いつの間に?というのが正直な感想です。今回の受賞で初めてこの言葉を聞いたという方も少なくないのではないでしょうか。しかしながら、睡眠時間の短さで世界の1,2を争っている日本の睡眠事情を知る研究者・支援者にとっては、流行したどうかはさておき、受賞を機会に睡眠負債という言葉が広まり、もっと睡眠に関心を持ってもらいたい、と切に願います。

では、自分の睡眠が足りているのか、睡眠負債が蓄積していないのかはどうすればわかるのでしょうか。方法は簡単です。1つは週末の睡眠時間が平日より長いかどうかです。睡眠不足の場合、週末に長く寝てそれを補おうとします。逆に睡眠が足りていればいつもどおりに起きて家事をしたり趣味に時間を使おうとするでしょう。もう1つは日中の眠気があるかどうかです。慢性の睡眠不足だと気付きにくい人も多いようですが、乗り物で席が空いたら座って一眠りしたいと思うなら眠気ありの可能性があります。もし睡眠が十分に足りていれば、席に座ってもスマートフォンを操作したり、本を読んだりするのではないでしょうか。

余談ですが、「私はいつでもどこでも眠ることができます」と得意気に言う人がありますが(実は私も以前はそれを自分の特技と思っていたのですが)、夜になると眠くなり、昼は眠れないのが正常です。いつでもどこでも眠れることは睡眠不足のサインであり、睡眠負債が蓄積している危険があります。

実は睡眠負債の2つのサインは本学の学生にも表れています。我々が行った本学学生約1,100名の睡眠と生活習慣の実態調査の結果、平日に比べて週末の睡眠時間は約1.5時間長く、約3割の人が病的な眠気を感じていました。つまり、本学の学生も日々確実に睡眠負債を積み重ねていて、このままいくと深刻な健康問題が生じる可能性があります。だから十分な睡眠をとることが必要です、と声を大にして叫びたいのですが、私たちの周りには睡眠不足に陥らせる誘惑がとても多く、そして実際に痛くもかゆくもないうちはなかなか行動を変えられないものです。

そこで発想を転換してこんな研究を紹介したいと思います。米国の睡眠研究者のMah氏が行った研究で、スポーツ選手に長く眠ってもらうとスポーツ能力が向上した、というのです。大学のバスケットボール選手11人を対象に、平均6.7時間だった睡眠を10時間にするように指示したところ、5~7週間の間に、ダッシュのタイム、フリースローとスリーポイントシュートの成功率、練習中や試合中のやる気のいずれもが統計的に有意な改善を示しました。Mah氏によるとこの結果は、眠るとスポーツがうまくなるというよりも、十分な睡眠をとることによって本来ある能力が十分に発揮されるようになると考えられるとのことです。

皆さんいかがでしょうか。楽しいことがいっぱいあるのに眠ることに時間を使うのはもったいない、あるいは、たくさん眠るのはサボっているようで罪悪感を感じる、という人がいます。あるいは、仕事や学業が忙しくて時間が足りない、という人もいるでしょう。しかし、少し生活を見直してできた時間を睡眠に回せば、日中の眠気が軽減し、集中力が向上し、仕事や学業の効率がよくなるのです。そうなれば同じ時間の中で多くのそしてより高いレベルの仕事や勉強ができ、その分睡眠時間を確保できて、充実感も増すわけです。そんなことを教えてくれる研究結果です。皆さんはどちらを選びますか?


Mah CD, et al.: The effects of sleep extension on the athletic performance of collegiate basketball players, sleep,2011;34(7):943-950.

 

※所属・役職は掲載時のものです。