Evidence Based Nursing (EBN)と情報社会
萩本 明子(看護学部 准教授)
Evidence Based Nursing (EBN) 、「科学的根拠に基づいた看護」という言葉を一度ならず聞いたことがあるのではないでしょうか。この言葉は、Evidence Based Medicine (EBM)、「根拠に基づいた医療」に由来する言葉です。EBMという言葉は、1992年にG.H. Guyattによって提唱されました1)。その概念そのものは1980年代初めからSackettらが提唱しています。彼らはEBMを「臨床現場において、患者の問題を解決するために、研究結果からの最新・最良のエビデンスを医療提供側の技能や環境条件を考慮し、患者の背景や価値観に配慮しつつ、実際的な臨床判断を行うこと」としています。すなわち、EBMやEBNを実践するためには、患者様の価値観や医療現場の条件を見定めるとともに、最新・最良の研究結果を知っておく必要があるのです。
最新・最良の研究結果や知見を手に入れるにはどうしたら良いのでしょうか。私たち看護を教える教員は、よく学生にレポート課題を課します。そして、レポートを書く際には、必ず必要な文献を読んで、参考文献を明記しなさいと説明しています。私の学生時代には、参考文献を探すためにはまず図書館に行き、紙の文献を探しました。また、医学中央雑誌という日本国内の医学系文献検索のためのソフトをCD-ROMを入れ替えながら使っていました。当時は、パソコン通信がやっと身近になってきたところであり、インターネットなどほとんどありませんでした。しかし、現在の学生のレポートの参考文献を見ると、WEBアドレスが記載されていることが多くなってきており、インターネットを駆使したレポートを見るたび科学技術の急速な発展を実感しています。EBMが提唱された当初は、その理念を実践するための情報収集に膨大な時間をかけざるを得ない状況でしたが、現在では、インターネット、スマートフォンが普及し、Medlineや医学中央雑誌、JDreamなどの医学系文献の検索Web、Cochrane Libraryなどのシステマティックレビューを使用して必要な文献をすぐに探索し、入手できるようになりました。それだけでなく、国が実施している統計結果、研究所や病院、専門家が作成している情報サイトなどにもすぐにアプローチできます。このような情報社会になって、やっと最新の研究結果や知見を簡単に入手できるようになったのです。
では、どんな情報でもよいのでしょうか? EBMでは、「最良の」と書かれています。つい先日、情報まとめサイトの不適切運営問題がニュースで取り沙汰されました。一流企業が運営した健康医療情報サイトのはずなのに、信憑性が疑われる記事が多数掲載されていたとのことです。さらに、アメリカ大統領選挙では、トランプ陣営とクリントン陣営に不利な偽ニュースが飛び交い、選挙結果を歪めたのではないかと議論されています。偽ニュースを大量に流していた情報元を探した結果、その一つに東ヨーロッパの若者らの可能性があるとされています。小遣い稼ぎのためにより刺激的で、拡散され、好まれる偽ニュースを流していたというのです。これらの偽ニュースは事実を伝える記事のシェア数を圧倒していたことが明らかになっています。双方とも、金儲けのために偽ニュースが大量に作られ、拡散し、少なからず信じた人がいたということになります。また、医療・研究の世界でも、論文の捏造、改竄のニュースが途切れることはありません。第2次世界大戦時の英首相、ウィストン・チャーチルは「嘘が世界を半周した頃、真実はズボンを履こうとしている」と言ったそうです。インターネット上にある情報は、玉石混合どころか、嘘やデマも大量に存在しているので、きちんと正しい情報かを見極める知識と技術を身付けなければ、この情報社会を生き抜き、より最良の看護を提供することはできません。
正しい情報を見極めるためには、学び、経験して築き上げた知識や技術がベースとなります。きちんと看護と医療の基礎を築き上げ、常識を身付けることが大前提です。その上で、疑ってみること、情報の提供元やWEBアドレスの確認、著者の肩書や履歴の確認、情報源の確認、他のサイトや本・教科書との比較等を行い事実を見極める必要があります。さらに、もう一つ気を付けることがあります。古代ローマの英雄、クレオパトラ7世を愛人としたガイウス・ユリウス・カエサルはガリア戦記の中で、「人は自分の見たいものしか見ず、聞きたいことしか聞かない。自分が信じたいと望むことを喜んで信じるものである」と書いています。また、「諫言耳に逆らう」という諺もあります。自分の好みでない、都合の悪い、不利な真実からは目をそらしたくなるのが人間です。真実に向き合う勇気が必要となります。
最新・最良のエビデンスや知見を入手し、ただ実施するだけではEBNを実践できません。実際の臨床現場には、様々な人的、物的環境条件が存在します。また、患者様やその家族の背景や価値観もあります。それらを冷静にアセスメントした上で、エビデンスを適切に実践することが求められるのです。
1)Guyatt G.H. Evidence-based medicine. ACP J Club. 1991;114: A-16.
※所属・役職は掲載時のものです。