「記憶に残らない看護」

2016/02/10

小笠 美春(看護学部 専任講師)

「私がめざしているのは、“患者様の記憶に残らない看護”です。」
これは、手術室看護師のAさんが看護学生Bさんに語った言葉です。

みなさんは、手術室看護師をご存じでしょうか。
手術室内における看護師の役割には、手術をする術者に必要な器械や材料を手渡し、直接サポートする「直接介助」と、患者の異常を早期発見し対処するために、手術室全体をコーディネートする「間接介助」があります。全身麻酔で手術を受ける患者は、声も出せない、何をされているのかも分からない、逃げ出すこともできない、つまり、自分におきていることを把握して、それに対する意思表示をすることや、その意思に従って行動するという人間の基本的なあり方を奪われている状態にあります。そのため、手術室内において看護師は、「直接介助」と「間接介助」という役割を通して、患者の安全と利益を保証する重要な責任を担っています。

手術室看護師が患者とかかわる機会は、手術中だけではなく、術前訪問や術後訪問もあります。術前訪問は、手術前日の15~20分といった限られた時間の中で、手術の流れをオリエンテーションし、患者と面識を得ることによって、精神的に落ち着いた状態で麻酔・手術を迎えられるように支援します。また、「手術」という治療に最大限・最良の結果が導き出されるように、手術に影響を及ぼすような情報を収集し、手術中に必要な援助を計画します。一方、術後訪問は、手術中に行った看護を評価するために行います。手術中に合併症などのトラブルが起こった患者や、手術中の援助で気になる点があった場合、そして病棟からの訪問依頼があった場合などに行われ、手術中の看護の責任は手術室看護師が負います。手術中にトラブルがあった場合には、術後も継続的に手術室看護師が患者にかかわることになりますが、問題がなかった場合は、手術翌日の10~15分程度の1回のかかわりのみで完結します。

「意識がない患者様とかかわる手術室看護師さんにとって、看護のやりがいは何ですか。」
私が実習指導を担当していた看護学生Bさんは、不思議そうに手術室看護師Aさんに尋ねました。
看護学生Bさんに対し、手術室看護師Aさんは答えました。
「患者様にとって手術とは、人生における一大イベントです。そのような人生の一大イベントに携わることができるこの仕事を、私はとても誇りに思っています。外来や病棟の看護師のように、私たち手術室看護師は、患者様に顔や名前を憶えてもらえることはありません。でもそれは、手術室内での看護がうまくいったという証拠なのです。なぜならば、患者様が強い不安を抱くことなく手術室に入室し、合併症などのトラブルなく退院を迎えられたために、手術室看護師が記憶に残らなかったということですから。患者様が手術を終え意識を取り戻したあと、身体には“手術の傷”が残ります。“手術の傷”以外に手術による障害や不快な記憶を残さない看護、つまり、私が目指しているのは、“患者様の記憶に残らない看護”です。」

手術室看護師Aさんが語った看護に対する熱い想いは、私の看護に対する価値観を大きく揺るがし、あらためて看護の奥深さ、素晴らしさを発見させてくれた出来事でした。みなさんもこれから出会う看護師や看護教員に、ぜひ問いかけてみてください。
「○○さん(先生)にとって、看護のやりがいは何ですか。」
きっと心に残る一言に出会えることと思います。

 

※所属・役職は掲載時のものです。