小さく生まれた赤ちゃんのケア
和泉 美枝(看護学部 准教授)
新生児集中治療室(NICU: Neonatal Intensive Care Unit)という言葉を聞いたことがありますか。
現在、日本には約300の病院にNICUが設置されています。NICUでは小さく生まれた赤ちゃんや、生まれつき病気をもっている赤ちゃんの治療を行っています。小さく生まれる赤ちゃんの割合は、生殖補助医療の進歩に伴って増加していますが、新生児医療の飛躍的な進歩により、赤ちゃんの死亡率は減少しています。しかし、なかには一命はとりとめたものの、発達の遅れや身体的な障害を持ったままNICUを退院し、生活を送っている子ども達もいます。
多くの赤ちゃんは、お母さんのお腹の中で十分成長して体の機能も整った状態で生まれてきます。その期間は、おおよそ280日(妊娠40週)で、平均出生時体重は3000g前後です。NICUに入院する赤ちゃんは22週や30週で生まれ、体重も500gにも満たない赤ちゃんや、1000g、1500gの小さな小さな赤ちゃん達です。
例えば、妊娠28週、1000gで生まれた赤ちゃんは、顔や手足、指は十分に発達し、外観は大人と同じです。手足を動かしたり、痛いことがあると顔をしかめたり、視覚と聴覚をつかさどる脳は光や音に反応し、音を聞くこともできます。でも自分では呼吸ができないので人工呼吸器による補助が必要です。また、自分の力で母乳を飲むことはできないので、点滴や鼻から通したチューブから栄養を摂って、小さい身体で一所懸命生きています。
本来ならこの頃の赤ちゃんは、薄暗く温かい羊水に包まれて、お母さんのお腹の中で、お母さんや家族の声をはじめとした、様々な生活の音を聞きながら成長、発達しています。NICUに入院している赤ちゃんは、保育器の中で多くの医療機器に囲まれ、明るい照明や医療機器のモニターやアラームの音など、絶え間なく光と音の刺激を受けています。さらに、睡眠中に体温の測定や体重の測定、おむつ交換、清拭(身体を清潔にするためにタオルで拭くこと)が行われたり、痛みを伴う処置を受けたり、多くのストレスにさらされています。このようなストレスは赤ちゃんの成長や発達に悪影響を与えることがわかってきました。さらに、赤ちゃんがNICUに入院することは、お母さんや家族と離れる状況をつくり、親子関係の形成にも悪影響を与えます。
そこで、赤ちゃん達の命を救うだけでなく、赤ちゃんの心を育てる医療や看護の必要性が唱えられるようになり、1980年頃からディベロップメンタルケア(Developmental Care: DC)がアメリカで提唱され、日本でもとり入れられるようになりました。
DCは、看護や療養環境を整えることによって、子宮内と同様の赤ちゃんの成長、発達を支援します。その基本概念は、①赤ちゃんの発達に適した環境を提供する、②個別的なケアを提供する、③家族中心のケアを提供する、です。具体的には、環境については不要なモニター音やアラーム音が鳴らないようにしたり、医療スタッフ間の話し声に注意を払ったり、NICUの部屋全体の照度を落としたり、保育器をカバーで覆い遮光しています。また、お母さんのお腹の中にいるときのような身体を丸めた姿勢を取るように、タオルやマットでくるんだりしています(ポジショニングと言います)。痛みに関しては、処置を最小限にしたり、タッチングやホールディング(手で児を包み込んだり)をして痛みを緩和しています。さらに、赤ちゃんの様子を見ながら体温の測定や清拭などのケアのタイミングを調整します。家族に対しては、面会時間の拡大やおむつ交換やタッチングなどの、赤ちゃんのお世話を積極的に両親に行ってもらったり、カンガルーケアといって、母親や父親の胸にオムツだけを着けた赤ちゃんを抱き、肌と肌を触れ合う時間をもったりしています。
NICUでのケアにDCが取り入れられるようになって、まだまだ日は浅いですが、少しずつNICUを卒業した児の成長、発達に関する予後についてもデータが蓄積されるようになってきました。DCで赤ちゃんと家族が本来もっている力を最大限に生かして、1日でも早くNICUを退院し、家族に見守られながら、すくすくと成長、発達することを願います。
※所属・役職は掲載時のものです。