大学生のメンタルヘルス
大江 真人(看護学部 助教)
ストレス社会といわれる現代において、身体的な健康だけでなく、精神的な健康であるメンタルヘルスへの社会的な関心は高まっています。平成23年には「精神疾患」が「5大疾病」の一つとして位置づけられました。また、平成27年12月には、労働者のストレスチェックが義務化(従業員50人未満の事業場では努力義務)されるなど、今後もメンタルヘルスに対する様々な対策が実施されていくと予想されます。このストレスチェック制度導入の大きな目的は、働く人のメンタルヘルス不調を防ぐことにあります。現在、医学の分野においては、病気の発症を防ぐこと、病気が重症化する前に適切な対処を行うことによって健康寿命の延伸を目標とすることがスタンダードになっています。メンタルヘルスにおいても、過度なストレスや病気を予防し、ストレス社会をどのように生き抜いていくかということが重要な課題です。
ストレスには、多くの種類があります。家族や友人との離別、健康上の変化などの日常生活の中での辛い出来事はもちろん、昇進、進学、結婚などの「おめでとう」と祝福されるはずの幸せな出来事もストレスとなり得ることが知られています。それらが、環境の変化を生み出すことでストレスを生じさせる出来事とも考えることができるからです。
大学生という年代に目を向けると、ストレスとなる出来事が非常に多くあります。入学前には受験という大きなストレス、大学進学の後には、家族と離れた単身生活、アルバイトやクラブ活動と学業との両立、就職や国家試験に向けた準備などの逃れることのできない困難が待ち受けています。また、高校時代までと比較すると、学年毎に大きく変わる講義や演習・実習、友人や先輩後輩の関係性などにも戸惑った経験のある方も多いと思います。そして、大学を卒業すると就職、結婚、出産、育児などのストレスとなり得るライフイベントが待っています。
次に、大学生がいる年代の家族について考えてみましょう。両親の世代では、仕事上の地位の変化、身体機能低下、病気の発症などのリスクが高くなります。また、子供の就学や就職に関する不安も大きな悩みとなるでしょう。加えて、同世代の兄弟姉妹がいる場合には、受験、進学、就職、職場での適応といった課題を抱える家族が増え、家族全体としての不安が増えるでしょう。そして、祖父母の世代においては、より深刻な病気や認知症の発症、介護の問題などが生じます。そういった意味では、大学生の年代は、学生自身は学生から社会人という大きな変化のさなかにいながらも、家族のあり方も大きく変化しているストレスフルな年代といえます。
それでは、メンタルヘルスの危機に溢れたライフサイクルをどのように歩んでいけばよいのでしょうか。大切なことは、「ストレスとなる出来事への対処」です。一言で対処と言っても、ストレス因と対処法の関係が明確で対処が簡易な場合とそうではない場合とがあります。たとえば、病気の発症をなかったことにはできませんし、進学や就職、結婚、出産など本来喜ばしいと思われる出来事の中で起こるストレスは様々な問題が複雑に絡み合い、単純な対処ができないことが多いでしょう。そのような出来事においては、問題自体に働きかけるのではなく、問題に対する考えや行動を変化させることで、少しでもストレスを軽減することが有効です。
精神医学では、「気持ちは考え方に影響される」ということから、ストレスの緩和や気分の安定を目指すアプローチが行われています。例えば、「4年生になり学業が忙しくなったためにアルバイトを辞めた」という出来事があった場合、「アルバイトをやめて収入がなくなったから、遊びや買い物を我慢して惨めな思いをしなくてはいけない。」と考えるか、「アルバイトは辞めて収入はなくなったけれど、アルバイトに費やしていた時間を勉強や就職の準備にあてよう、大学の最後の思い出作りの時間としよう。」と考えるかによって、残りの学生生活に取り組む意欲は大きく変わることが想像できると思います。そのような適応的な考えを行動につなげるためには、「そうは言っても」とその出来事のポジティブな面を見出すことや、「こうあるべき、しなくてはならない」という思いを「まぁいいか、違う見方もある」と切り替えるような視点を持つことが有効です。このようにして物事の見方を変えることは、家族間のコミュニケーションにおいても効果を発揮します。家族会議では、視点を変えるような発言があると話がうまくまとまるかもしれません。
大学生の年代は、楽しい日々であるとともに大きな変化をもたらす時期です。多くのことを学び、様々な人と出会うことなどによって、幅広い視点を持つことがストレスの軽減につながると思います。友人や家族、教員等の協力を得ながら、精神的にも健康な日々を送りましょう。
※所属・役職は掲載時のものです。