技術としてのコミュニケーション
木村 洋子(看護学部 准教授)
日本経済団体連合会が企業会員を対象に実施した調査によると、採用選考時に重視した要素は「コミュニケーション能力」「主体性」「チャレンジ精神」「協調性」「誠実性」の上位5項目で、なかでも「コミュニケーション能力」は2003年以来、11年間連続して第1位、さらに、86.6%の企業会員が重視していると報告しています。
そもそも、コミュニケーションとはどのようなものかを明らかにしながら、看護職者に求められる技術としてのコミュニケーションについて考えていきたいと思います。
広辞苑第6版によると、「①社会生活を営む人間の間に行われる知覚・感情・思考の伝達。言語・文字その他の視覚・聴覚に訴える各種のものを媒介とする。②動物個体間での身振りや音声・においなどによる情報の伝達・細胞間の物質の伝達または移動。細胞間コミュニケーション」と記述されています。
①は人間のコミュニケーションについて定義したもので、たとえば、Aさん(送り手)がBさんと「久しぶりに一緒にご飯でもいこうかな」と考えて(刺激)、電話(伝達手段)を活用してBさん(受け手)に「もしもし、久しぶり。Aだけど、元気? 久しぶりにご飯でもどう?」(メッセージ)と電話をかける。これが一つのコミュニケーションの形となります。コミュニケーションは、「刺激」「送り手」「メッセージ」「伝達手段」「受け手」の5つの要素によって構成されます。
②は言語や文字を使わない生物のコミュニケーションについて定義したもので、たとえば、ゴリラが両手をパーの形で自分の胸を叩く「ドラリング」やミツバチが仲間に花の在処を伝える「8の字ダンス」などがあります。
では、看護援助の場面ではどのようになるのでしょうか。例を挙げて考えてみます。
80歳代のCさんは1ヶ月前に自宅居間で転倒し、救急搬送されました。診察の結果、「右大腿骨頸部骨折」と診断され、「右大腿骨骨頭置換術」を受けました。手術は成功し、痛みも日に日に収まり、早期に始まったリハビリにも熱心に参加した結果、杖使用で歩行が可能となり退院も間近になりました。 ところが、23時頃になるとCさんからナースコールがなることが続きました。
臨床3年目のD看護師が夜勤の日も、23時頃になると、Cさんからナースコールがなりました。D看護師はコールがなった瞬間に、直ちに受話器をとり、「Cさん、どうされました?」と優しい声で尋ねました。Cさんはあわてた様子で、「間違ってしまったようで、ごめんなさい」と答えました。D看護師は「間違いですか? お変わりないですか? Cさん」と再び尋ねました。Cさんは「大丈夫です。おやすみなさい」と答えました。D看護師は「では、おやすみなさい」といって受話器をおきました。
この場面ではD看護師は優しい声で「どうされましたか?」と尋ね、「お変わりないですか?」とナースコールがあった事実に対して心配していることを言語化しています。よくある看護援助場面として悪くはないと思います。コミュニケーションとしても、必要な構成要素は含まれていて十分成立します。ですが、①退院間近であることや、②23時頃になるとCさんからのナースコールが続いているということから、看護職者としては明らかに違うコミュニケーションが求められます。
では、どのようなコミュニケーションが求められるのでしょうか。
D看護師はコールがなった瞬間に、直ちに受話器をとり、「Cさん、どうされました?」と優しい声で尋ねました。Cさんはあわてた様子で、「間違ってしまったようで、ごめんなさい」と答えました。D看護師は「間違いですか?良かったら、少しお伺いさせていただいてもよろしいですか?」と尋ねました。Cさんはまたあわてた様子で「え、はい」と驚いたように答えました。D看護師は静かに病室を訪ね、まだ眠れないCさんに(目線を合わせ)「Cさん、眠れないんですか?」と静かに尋ねました。Cさんは「そうなの。なんだか家でやっていけるかが心配でね・・・だって私、一人暮らしでしょ」と俯きがちに答えました。D看護師は「退院後のことが不安だったんですね。お一人暮らしてられたんですよね。今まで通りにできるか不安ですよね。よかったら、明日ケアマネージャさんと一緒に退院してからのご自宅での生活について話し合いませんか?」と伝えました。Cさんは「そう。お願いしたいわ。こんな夜遅くに本当にありがとう。明日お願いします。」と答えました。D看護師は「はい、じゃあ、よく休んでください」と話しました。Cさんは「ええ、そうするわ。おやすみなさい」と答えました。
このように、看護職者に求められる技術としてのコミュニケーションとは、単に言葉のやりとりとしてのコミュニケーションではなく、刺激を引き起こす背景に着目し、対象者の身振りや声のトーンなどの変化に気づくことであると考えます。
※所属・役職は掲載時のものです。