よりよい意思決定のために

2015/07/27

光木 幸子(看護学部 准教授)

医療の進歩に伴って治療やケアをその時々の状況によって患者や家族が選択できる時代となりました。すなわち、患者や家族が納得して医療を受けるための「意思決定」がとても大切な時代になってきたことを意味しています。

日本看護協会による「看護者の倫理綱領」(2003年)の条文の中で、『看護者は、人々の知る権利及び自己決定の権利を尊重し、その権利を擁護する。』と記され、意思決定を支援することは看護者の重要な役割であることを示しています。
具体的には、看護者は、医師や他の医療者とともに患者や家族の病気や治療に対する理解度や意向を確認しながら、それに沿って病状や状況をわかりやすく説明し、意思表示をしやすい場づくりや調整、他の保健医療福祉関係者への働きかけをしていきます。また、患者の認知能力が低下している場合やコミュニケーションがとれない場合、必要に応じて患者の意向を代弁するなど、「意思決定」の権利の擁護者としての役割も担っています。看護者は、患者や家族の意思と選択を尊重するとともに、個々の判断や選択が、そのとき、その人にとって最良のものとなるように支援していかなければなりません。

では、実際に患者や家族はどのような場面で「意思決定」をするのでしょうか。療養プロセスをたどりながらみてみると、最初は、患者がはじめて病気の診断を受けた時、「どこで治療を受けるのか」「どんな治療を受けるのか」という場面で意思決定をします。次に、治療を受けている経過の中で、症状が悪化した、病気が再発したような場面で、先と同様な決定をしていきます。さらに、回復が難しく看取りが必要な場面になると、治療面に加えて「これからどのような暮らし方をするのか」など、最期までどのように生ききるのかといったことを決定していきます。どの時期の意思決定も、医療者からいくつかの選択肢を提示され、それぞれのメリットやディメリットを十分に説明されますが、患者も家族も「ゆらぎ」を経験し、悩みながら意思決定をしています。また、医療者も患者や家族にとってよい意思決定ができているのだろうかと悩みながら支援しているという現状もあります。

医療の意思決定にまつわる歴史は、医師によるパターナリズムの時代から患者と家族による意思決定の時代へ、そして医療者と患者・家族とともに、十分な意思疎通を図りながら、パターナリズムと患者・家族の意思を組み合わせて決定するという時代へと移り変わってきました。その流れの延長線として、近年、アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning:ACP)という考え方が注目されています。それは、病気になったときから、その時々の病気や治療の内容を理解して、患者が自身の価値観に沿った選択をしながら療養できれば、最期まで自分の意向に沿った決定が行えるのではないかという考え方です。ACPは、狭義では、意思決定能力がなくなったときに備えて、あらかじめ自分が大切にしていること、治療やケアの希望、代理意思決定者などを話し合うプロセスをいいます。広義では、自分がこれからの重篤な病気や状態になった時に、どこでどのように過ごしたいかを話し合うプロセスのこととされています。

厚生労働省の「終末期医療に関する意識調査等検討会」(2013年)によると、人生の最終段階における医療(死が近い場合に受けたい医療や受けたくない医療)について、一般国民の2人に1人が「家族と全く話し合ったことがない」と報告しています。残念ながら、ACPは日本ではまだまだこれからといえそうです。
普段から病気になったときに、何を大切に、どのような医療やケアをうけたいのを家族で話し合いましょう。また、実際に病気になったときには、医療者と患者・家族のコミュニケーションを深めましょう。そして、患者の意思を確認しながら、その時々の状況に合わせた医療やケアを選択していくことができていれば、たとえ患者本人の意思が確認できない状況にあっても、家族が代理で決定していくことが可能になるし、本人の意思に沿った方向を決定できるのではないでしょうか。その意味でも、患者が自分の治療やケアを選択するのは、病気になった早期から医療者や家族と一緒に始めることがとても重要だと考えます。

 


※所属・役職は掲載時のものです。