看護と芸術:アートでつながるハート

2014/08/21

稲田雅美(音楽学科 教授)

昨今、リハビリテーション部門をもつ病院では、芸術療法といわれる取り組みが導入されるようになってきました。芸術療法は、絵画、造形、音楽、詩作などの芸術活動を患者さんと援助者が一緒に行う中で,患者さんの不安や苦しみ、あるいは希望などを共有するもので、それぞれの創作形態の特徴に応じて体系的な手法で展開されます。

つい先ごろ、ある看護学校の研究紀要に、看護学生が実習先でがん患者に応対する際に抱く不安や困難に関する論文が載っていました。それによると、看護実習生たちは、言葉がけひとつにもかまえてしまう、あるいは、病気のことを聞かれたらどうしようかと思う、といった、重い病気をもつ人を前にした特有の不安を表明する一方で、会話の導入がわからない、患者との距離感が難しい、沈黙が気まずい、など、コミュニケーション一般に関する悩みも多く抱えているということでした。しかし、医療の現場におけるコミュニケーションの難しさは、このような看護実習生だけでなく、誰もが日々経験しています。入院している子どもは、悲しみ、不安、怒りなどを、医師や看護師や親にも見せまいとすることがあります。また大人でも、病気に起因する自己嫌悪感や焦りなどを人に知られたくないと思います。そのようなとき、援助者側がいくら言葉を選んで話しかけても、相手のこころはよけいに閉ざされてしまうことがあるのです。

ここで、患者さんと時を共にする芸術(アート)の活用が、こころ(ハート)を通わせる助けになります。つまり、アートがコミュニケーションのツールとなるのです。上述の芸術療法をヒントにして、絵や色や音を通して患者さんが自分の感情を「かたち」にしていく時間をゆっくりと共有します。絵を描くことが苦手とか嫌とか思う人には、コラージュやぬり絵なども活用できます。コラージュとは、要らなくなった雑誌などから写真や絵をいくつも切り取り、一枚の紙に寄せ集めて貼り付ける技法で、自分ではまったく絵を描く必要なく作品ができあがっていきます。ぬり絵は、色の組み合わせにのみ意識を向けるだけで、オリジナルな作品が完成します。音楽の場合は、簡単に作品を仕上げることはできませんが、むしろ作り上げる必要はないのです。ドラムや木琴などを思うままに演奏して音をやりとりするプロセス、すなわち音で「話しかけたり話しかけられたり」することを大事にします。作品が残らないことで、かえって正直な気持ちが音の中にあらわれるといった利点もあります。

これから看護職をめざそうとする方々にはぜひ、小さなことでも趣味や特技を日頃から大切に育んで、それを将来、職務のコミュニケーションにさりげなく活かしていっていただきたいと思います。「芸は身を助く」は、Art brings bread. (芸術は、パン=生きる糧をもたらす)と英訳されますが、援助者にとってはArt brings communication.となりそうです。

※所属・役職は掲載時のものです。