
新たな気づきが生まれる場に。
「いつでも、どこでも」流れる音楽は、私たちの心とどう向き合っているのか
わたしたちは、どんな時に音楽に触れているのでしょうか。あらためて考えてみると、音楽がまったく聞こえてこない時間の方が、むしろ少ないのかもしれません。私はこのコラムを、コンサート会場に向かう前に、会場の最寄り駅そばにあるチェーン店のカフェ(そうです。みなさんが頭に思い浮かべた、あのカフェです)で書いています。店内では、さまざまなポピュラーミュージックが小さな音量で流れ続けています。こうしたBGMが、日本では「どこでも流れている」と言われてきました。ヨーロッパやアメリカでも、商業施設で音楽が流れることが全くないわけではありません。ただ、日本のように「いつでも、どこでも」という感覚は、やはり独特なのではないでしょうか。

BGMがつくり出す空間と感情
BGM、つまりBackground Music(バックグラウンド・ミュージック)は、販売促進のための外部刺激の一要素です。店舗照明や商品のレイアウトと同じように、訪れた人の感情に働きかける役割を担っています。カフェで流れる音楽も、基本的にはリラックス効果を狙ったものです。もっとも、私は音楽にどうしても耳が反応してしまい、文章を書くことに集中できないことがあります。ただ、日本で暮らす限り、こうした環境は特別なものではありません。もはや慣れてしまった、というのが正直なところでしょう。音楽がなければ、代わりに機械音や空調のノイズが耳に入ってくるわけですから、これでいいのかもしれません。
音楽が持つ力と、その扱い方
このように、音楽はわたしたちの心に直接訴えかける強さを持っています。生理的な反応を瞬時に引き起こし、感情と結びつく力を備えています。だからこそ、BGMも「たかがBGM」と侮ることはできません。とはいえ、世の中にあふれるBGMの多くが、精密な感情操作を目的として設計されているわけではありません。その点は、どうぞご安心ください。ただ、音楽が感情を大きく動かしうる存在である以上、その扱い方次第では「どえらいこと」になり得る、という事実も忘れてはならないでしょう。
音楽を“仕事”として考える学び
近年、日本各地の音楽学部や音楽学科では、「アートマネジメント」「音楽ビジネス」「アートプロデュース」といった名称を持つ分野が次々と生まれています。本学もその例にもれず、学芸学部音楽学科音楽文化専攻において、従来の「音楽学」「音楽療法」「音楽クリエイション」に加え、2025年度から「音楽ビジネス」という新たな科目群を設けました。私は、この科目群を担当する教員として着任しました。大学の紹介では、「多様な音楽への理解、音響装置の操作技術、マネジメントスキルなど、音楽業界で活かせる力を育む科目群」と説明されています。企画やプロデュースに加え、マーケティングやメディアの視点も取り入れ、音楽ビジネスを俯瞰的に学ぶことをめざしています。では、ここで学べば、すぐに音楽業界で通用する「スキル」が身につくのでしょうか。

「すぐにできない」からこそ、大学で学ぶ意味
答えは明確です。「すぐにはできない」。少しがっかりさせてしまったかもしれません。ただし、その入口に立つことはできます。私が高校生だった約40年前、創作や演奏以外のかたちで音楽を仕事にしたいと思っても、その道筋はほとんど見えてきませんでした。しかし今は違います。音楽や芸術を人々に届けるための方法論は、多様なかたちで整理され、「アートマネジメント」という言葉も、社会の中で一定の認知を得るようになりました。
音楽を知り、社会との関係を考えるということ
「それなら、手っ取り早く音楽を仕事にする方法を教えてほしい」。そう思われる方もいるでしょう。それでも私は、大学は専門学校のように実学だけを学ぶ場であってはならないと考えています。音楽を扱う以上、その音楽そのものを知ること、そして音楽が存在する社会との関係を理解することが欠かせません。 人類の歴史とともに存在し、いつでもどこでも人と人をつないできた音楽。その果てしない可能性について、理論と実践を行き来しながら考えてみること。そこから見えてくる「音楽の意味」こそが、私のめざす学びの姿です。
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