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「安さ」を選ぶ私たちの買い物は、社会に何をもたらしているのか
買い物をするとき、私たちは何を基準にモノを購入しているのでしょうか。モノの機能や質、ブランド力、入手のしやすさなど、判断材料はさまざまです。そのなかでも、多くの人にとって値段は、最も優先順位の高い要素といえます。確かに、安く購入できることは消費者にとって大きな利点です。しかし、安さを過度に求める消費行動は、実はさまざまな弊害を生み出していることをご存じでしょうか。

グローバル経済の影で起きていること
現在のグローバル経済のもとでは、人やモノが国境を越えて取引や生産が行われています。先進国の企業は、利益を出すために、より人件費の安い発展途上国に生産拠点を設け、完成した商品を輸入しています。こうすることで、コストを抑えながら、消費者に安い商品を提供することができるのです。ファストファッションは、その典型的な例でしょう。しかしその一方で、発展途上国で働く労働者の多くは、低い賃金で長時間働かされているのが現状です。そこからは、先進国が途上国を支えるというよりも、むしろ利用しているような構造が見えてきます。こうした状況を問題だと考え、日々の買い物を通じて労働者の人権を守ろうとする動きが、エシカル消費です。過度に安い商品を求めるのではなく、適切な労働環境のもとで作られた製品を意識して選び、購入することです。また、エシカル消費は労働問題だけでなく、環境問題や動物福祉、反戦といった、多様な課題とも関わっています。
フェアトレード大国イギリスに見る、消費者のチカラ
エシカル消費が最も進んでいる国のひとつがイギリスです。1989年には、非営利の消費者団体によって雑誌『エシカル消費者』Ethical Consumer が創刊され、消費行動に対して人々が関心を向けるきっかけとなりました。また、イギリス発祥で、国内最大規模の消費者組織である生活協同組合も、エシカル消費を広めてきた重要な存在です。とくに1990年代以降、フェアトレードに力を入れるようになったことで、生協は先駆的な役割を果たし、その動きに影響を受けて他の大手小売企業も同様の商品を扱うようになりました。フェアトレードとは、発展途上国の原材料を安い価格で買い取るのではなく、公正な価格で取引することで、生産者の生活や地域社会を支えようとするしくみです。現在では、イギリスのスーパーに足を踏み入れると、多くのフェアトレード商品を目にすることができます。さらに2000年には、ガースタングという小さな街で、こうした商品を街ぐるみで購入する取り組みが始まりました。このような地域はフェアトレードタウンと呼ばれ、その動きは瞬く間にイギリス国内に広がりました。現在では、世界各地でフェアトレードタウンが誕生しています。イギリスはフェアトレードの取引高で世界トップクラスを誇るだけでなく、こうした先駆的な取り組みを世界に広げてきた国でもあります。

エシカル消費の原点 −19世紀イギリスの試み−
ところで、なぜイギリスではこれほどまでにエシカル消費が盛んなのでしょうか。そのヒントは過去にあります。実は、エシカル消費は決して新しいものではなく、産業化が進み、国際貿易が活発になっていった19世紀前半のイギリスにも、その例を見ることができます。イギリスの国民的な飲み物といえば紅茶ですが、当時の人々は、紅茶にたっぷりの砂糖を入れて飲むのが一般的でした。この砂糖は、カリブ海の西インド諸島にあるプランテーションで生産されていました。そこでは、アフリカから連れてこられた黒人奴隷が労働力として使われ、砂糖はイギリス本国へと輸出されていたのです。こうした奴隷制に反対するため、当時の消費者のあいだで、西インド産の砂糖の購入をボイコットする運動が広がりました。これは、最初期のエシカル消費の一例といえるでしょう。また国内では、労働者の待遇が良い企業を「ホワイト企業」として紹介し、一覧にまとめて、人々が買い物をする際の参考にする取り組みも行われていました。とはいえ、こうした動きはこの時期には、まだ一部の消費者に限られていました。その後、19世紀後半以降に生協が広がることで、エシカル消費はより大きな消費者の動きへと発展していきました。このように、倫理的な消費行動を促す試みは、すでに過去のイギリスで実践されていたのです。
消費者の選択が社会を良い方向へと導く
エシカル消費を現代に至るまで社会に浸透させてきた生協は、一般の消費者が協力してつくる非営利の組織であり、さまざまな課題に消費の観点から向き合ってきました。今日、フェアトレードタウンのように、消費者どうしが力を合わせて取り組む動きが生まれているのも、生協に代表される、人々が協力して社会の問題に向き合ってきた伝統があるからだといえます。社会の問題はあまりに大きく、私たち一人ひとりにはどうしようもできないように思えるかもしれません。しかし、消費は誰もが日々行っていることであり、そのあり方を少し見直すだけでも、私たちのくらしや社会をより良くする一歩になるかもしれないのです。
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