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「人はなぜ歩き、なぜ買うのか?」―消費者行動研究から見える売り場のデザイン―

2025/10/15

日常の買い物を思い浮かべてみてください。スーパーや商業施設で、自分がなぜその通路を歩き、なぜその商品を手に取ったのか、意識したことはあるでしょうか。実はその背景には「消費者行動研究」と呼ばれる学術的な分析が存在します。ここでは「人はなぜ歩き、なぜ買うのか?」をテーマに、売り場デザインと消費者心理の関係についてご紹介します。

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消費者行動研究とは何か

消費者行動研究は、心理学や社会学、経済学の知見を組み合わせながら、人々が商品やサービスをどのように認知し、比較し、購入を決定するのかを明らかにする研究です。企業にとっては販売戦略を考えるための基盤であり、消費者にとっても自らの購買行動を振り返る視点を与えてくれます。特に近年は、購買データ分析や動線把握の技術が発展し、数値的に裏づけられた研究が可能になっています。買い物という身近な行為が、実は社会や経済の大きな動きと密接につながっているのです。

店舗実験で明らかになった「回遊」の傾向

実際の店舗を舞台とした店舗実験で、来店者の動線から、人々がどのように売り場を回遊するのかを分析すると、いくつかの興味深い傾向が浮かび上がります。例えば、多くの人は店内に入ってすぐに「右回り」「左回り」といった一定の方向性を持って歩き始めます。また、陳列棚の配置や通路幅によって、買い物のスピードや滞在時間が変化することも分かっています。こうした研究は、人々の回遊行動には、心理的な安心感や空間の分かりやすさに影響された「行動のパターン」が存在することを明らかにしています。

“回遊性”が生む購買のリズム

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売り場デザインにおいて重要な概念のひとつが「回遊性」です。これは、来店者が店内を自由に動き回り、多くの商品に自然と出会える状態を指します。回遊性が高まると、来店者は新たな商品との出会いが生まれやすくなり、購買機会の増加につながります。視界が開けた売り場では、来店者が空間全体を見渡しやすく、思わず足を止めるきっかけが生まれます。また、商品棚に変化を持たせることで「次は何があるのだろう」という探索の楽しみを提供することもできます。店舗は単に商品を置くだけの空間ではなく、消費者の心理を動かす体験の舞台でもあるのです。

売り場での“真実の瞬間”を捉える

消費者行動研究では、売り場で商品と出会う瞬間を「First Moment of Truth(最初の真実の瞬間)」と呼びます。広告や口コミによって商品に関心を持っていても、実際に買うかどうかは売り場での短い時間に左右されます。ここでの印象を良くするために、パッケージのデザインや配置、照明のあて方などが工夫されます。研究からは、消費者が売り場で商品を検討する時間や、商品に触れる回数、さらにクーポンや買い物リストを参照する行動が、購買の成否に影響することが示されています。

消費者行動研究の広がりと未来

消費者行動研究は単に「売れる仕組み」を考えるだけではありません。買い物のしやすさや快適さを高めることで、誰にとっても利用しやすい店舗空間をつくり出すことにもつながります。例えば、高齢者や子育て世代の視点で買い物動線を見直すことは、地域社会の利便性を高め、日々の暮らしをより快適にすることにつながります。消費者行動研究は、経済だけでなく、より良い社会を実現するための研究でもあるのです。

おわりに

「人はなぜ歩き、なぜ買うのか?」という問いに対しては、多面的な答えが存在します。私たちが普段何気なく歩く一歩や、手に取る一品には、心理や社会の動きが映し出されています。

消費者行動研究は、そんな日常の行動を科学的に解き明かすと同時に、より快適で魅力的な売り場づくりへと応用されています。次に買い物へ出かけたとき、ぜひ「なぜこの通路を歩いているのか」「なぜこれを手に取ったのか」と自分自身に問いかけてみてください。そこから、研究の世界が少し身近に感じられるはずです。

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