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国宝に指定された琵琶湖疏水
2025年8月27日、京都の近代化を象徴する琵琶湖疏水の関連施設の一部、南禅寺の水路閣やインクラインなどが、新たに国宝や重要文化財に指定されました。近代の土木構造物として国宝に指定されるのは、今回が初めてのことになります。ここでは、琵琶湖疏水の成り立ちと京都における意義についてご紹介します。
多目的運河として構想された琵琶湖疏水
琵琶湖疏水というと、今日では京都の上水道を支える重要な存在というイメージが強いと思います。しかし建設当初は、物流を担う水運や農業用水、水車による動力源など、非常に幅広い用途を想定した多目的運河として計画されました。さらに、衰退した京都を再生させる「復興政策」としての意味合いも込められていました。
琵琶湖疏水は第一疏水(1890〈明治23〉年竣工)をはじめ、複数の隧道(トンネル)、運搬船を運ぶためのインクライン(傾斜鉄道)、レンガ造の水路閣、さらに上水道を主目的とした第二疏水(1912〈明治45〉年竣工)などで構成されています。設計を担ったのは工部大学校の一期生・田邉朔郎。弱冠20代でプロジェクトを率い、当時としては国内最長級のトンネルや急勾配を克服するインクラインの設置など、近代土木技術の粋を集めて短期間で完成させました。
建設の背景と直面した課題
明治維新後、京都は首都機能を失い、約40万人程度いた人口も半減、経済的にも衰退していました。琵琶湖疏水計画は舟運による物流活性化や農業用水の確保、さらに日本初の事業用水力発電や上水道整備による生活向上を同時に達成する都市再生策として構想されたのです。しかし、建設には多くの課題がありました。まず巨額の事業費をどう捻出するかが問題で、府債の発行や国の補助、また皇室からの下賜金を組み合わせて資金を確保しました。さらに琵琶湖水の利用を巡る滋賀県側との交渉、脆弱な地質区間でのトンネル崩落事故、外国製機械の輸入や修理の遅れなど、計画段階から施工まで困難が続きました。完成後も舟運は鉄道輸送に押され期待ほど利用が伸びず、むしろ発電と給水が主要機能となっていきました。

南禅寺境内の水路閣
琵琶湖疏水を象徴する構造物のひとつが、南禅寺境内を横切るレンガ造アーチ橋「水路閣」です。建設当時、禅寺の静寂な景観を損なうとの強い反対が福沢諭吉をはじめとする知識人から起こりました。最終的には意匠を西洋風アーチ構造に整え、赤レンガの色調や周囲の自然に溶け込むデザインを採用し、宗教的景観と近代土木構造物の調和を図りました。この経緯は、近代化と伝統景観保全のせめぎ合いを象徴する事例としても知られています。
京都の都市再生を支えた疏水
琵琶湖疏水は多目的利用が可能なインフラでした。舟運や灌漑、防火用水の水源としても活用されましたが、日本初の事業用水力発電所である蹴上発電所による発電機能にも注目されます。この電力を活用し、近代京都の活性化に大きな役割を果たした博覧会があります。

第4回内国勧業博覧会の当時のパンフレット。
左の朱色の建物が、この博覧会の時に造営された平安神宮。
第4回内国勧業博覧会は、琵琶湖疏水にほど近い、岡崎の地で明治2(1895)年に開催され、近代産業の技術を展示して100万人以上の人々が京都に集まりました。会場には美術館やメインのパビリオンとしての平安神宮も造営され、今日に至るまでこの岡崎は、美術館や動物園などを中心に京都の文化ゾーンとしての役割を担っています。この会場アクセスに大きな役割を果たしたのが、日本で最初の電車である路面電車(1895年)です。この日本で最初の電車も、疏水の水力発電によって支えられました。

琵琶湖疏水の発電所への導水管。
文化と観光を育んだ水の道
このほかにも京都の工場、大学にも電力を供給しました。
また、蹴上浄水場を通じた都市給水により衛生環境が大きく改善し、京都市民の生活水準が向上しました。これらは京都の近代都市化を促進し、経済・文化の再生に直結しました。
さらに、観光に果たす役割も見逃せません。疏水の水は岡崎周辺の庭園の水源としても活用されています。例えば、山縣有朋の別邸である無鄰菴や平安神宮の神苑の池などは、疏水によって支えられています。また、何千時から北へのびる疏水分線沿いには桜の木が植林され、それが「哲学の道」として京都を代表する観光地ともなっています。
琵琶湖疏水は、近代土木構造物として類例のない規模と保存状態を誇ります。先に触れた水路橋をはじめとして、トンネル、閘門、インクラインなど多様な構造物が体系的に現存し、明治期の技術革新を物語る「実物資料」として学術的価値は極めて高いものです。

琵琶湖からの運搬船を船ごと運ぶ傾斜鉄道(インクライン)
今回、主要施設が国宝、関連24施設が重要文化財に指定されたことは、近代インフラが国宝指定の範囲に加わった初の事例であり、指定対象の時代的幅を拡張する画期的な出来事となりました。
おわりに
琵琶湖疏水は、明治日本の技術力と都市計画理念を体現し、京都の発展と景観形成に不可欠な役割を果たしてきました。建設当初の苦難や景観論争を乗り越え、今もなお市民生活を支えるその姿は、近代化の象徴であると同時に、歴史と未来をつなぐ水の道です。今回の国宝指定は、その価値を次世代へ確実に引き継ぐための重要な節目となります。
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