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薬が足りない? 医薬品不足が医療に及ぼす影響とその理由
日本では近年、医薬品不足が深刻な問題となっています。この現象は、特に、ジェネリック医薬品の供給不足や特定の処方薬の長期欠品として顕在化しており、医療現場や患者に大きな影響を与えています。 以下では、医薬品不足の背景にある主な理由を説明し、その影響について考察します。
製造トラブルが引き起こす医薬品不足の実態
医薬品不足の最大の要因の一つは、製造工程上のトラブルです。2020年に爪白癬の治療薬として使用されるイトラコナゾールを服用した人でふらつき、めまい、意識障害などの副作用が複数報告され、製造過程で睡眠導入剤の成分が大量に混入したことが原因であったと判明した事件が発端です。この製薬会社では後の調査で2005年以降で約7割の製品で法令違反が確認されました。
医薬品の製造には、GMP(Good Manufacturing Practice)という厚生労働省令で定められた法令があります。法令違反での製造でも医薬品の品質に大きな悪影響が生じないこともありますが、国民に安全で高品質な医薬品を提供するために整備されているものであり、GMPに基づく基準に厳密に従って製造されなければならず、GMPに遵守していない場合は医薬品の製造販売は出来ません。この事件の発覚により、厚生労働省・都道府県による立ち入り検査等が強化され、一部のメーカーで品質管理基準を満たさない事例が発覚し、生産停止や出荷制限が行われています。特にジェネリック医薬品を製造する企業で品質問題が頻発しており、これが医薬品供給網全体に影響を及ぼしています。
海外依存が招くサプライチェーンの脆弱性
日本で使用されている医薬品はどのくらいが日本で製造されているでしょうか?日本は医薬品の金額ベースで30~40%(2022年)を輸入に依存しています。高価な抗がん剤や免疫関連疾患治療薬として使用されるバイオ医薬品や特許医薬品は海外からの輸入が多い傾向があり、その主要な輸入元はアメリカやヨーロッパ各国です。一方、日本で製造されている医薬品も効果を現す成分の原薬やその原料、製造途中の中間体を海外からの輸入に大きく依存しています。原材料の調達から生産、加工、流通、販売に至るまでの一連の流れをサプライチェーンと言います。特にジェネリック医薬品については原薬の6割程度は海外からの輸入で、サプライチェーンに海外を含む原薬の割合は7割弱になり、中国やインドへの依存度が高くなっています(2021年)。最近では、世界的なサプライチェーンの混乱や、特定の成分を輸出する国での生産制限が影響を及ぼし、必要な原材料を確保するのが困難になっています。また、急激な円安といった為替レートの変動や輸送費の増加により、コスト負担が大きくなり、製薬企業が供給を絞るケースも見られるようになり、医薬品の流通が滞ってしまっているのです。
薬価制度と採算性の課題
日本では、医薬品の価格を国が管理する「薬価制度」が存在します。この制度のおかげで薬価が抑えられますが、製薬企業にとって十分な利益を確保することが難しくなります。同じ薬でも薬価が下げられてしまえば製薬会社の利益がそのまま減少につながるため、製薬会社も製造する医薬品を絞らざるを得なくなり、製造コストが高い医薬品が市場から撤退する傾向があります。特に、ジェネリックなどもともと安価で採算性が低い薬や、需要が限定的な薬は供給が不安定になっているのが現状です。 医療現場では、高齢化の進行や新しい治療法の普及で、一部の薬品の需要が急増しています。これに対して供給体制が追いついておらず、一部の薬が品薄になる状況が生じています。さらにパンデミックや災害時には特定の薬剤に対する需要が一時的に急増し、これが供給不足をさらに悪化させる要因となります。
医療現場への深刻な影響
医薬品不足が医療に及ぼす影響は深刻です。例えば必要な薬が入手できない場合、患者は代替薬を使用する必要があり、副作用や治療効果の低下が懸念されます。また、医師や薬剤師が不足する医薬品への対応に追われ、本来の医療業務に支障が出るケースもあります。特に薬剤師は医師の処方箋に従って調剤したくても医薬品がないため、各卸業者や近隣薬局に在庫の問い合わせをしたり、同効代替薬への変更提案などの、本来の医療では不要な業務が増え、さらに服薬指導では、医薬品が変わったことに対する患者さんへの説明が加わってしまいます。医薬品が不足することで患者の治療が遅れる場合、病気の進行が早まるリスクもあります。
解決に向けた対策と必要な連携
この問題に対処するため、日本政府はジェネリック医薬品の安定供給実現に向けた産業構造のあり方について議論したり、医薬品の適正使用の促進などの対策を進めています。また、製薬企業もサプライチェーンの多様化や品質管理の徹底に取り組んでいます。国際的な協力を進め、原材料の調達ルートを拡大することも重要な課題とされています。 医薬品不足は、製造工程や市場構造、需要と供給のミスマッチなど、複合的な要因によって引き起こされています。この問題を解決するためには、医療現場と製薬業界、政府が連携し、長期的な視点で取り組む必要があります。医薬品供給の安定化は、患者の生命と健康を守るために欠かせない課題であり、今後も積極的な対策が求められます。
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