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「移民の健康」を守るために、一人ひとりが実践できる共生社会への道

2025/01/06

世界人口に占める国際移民の割合が増加するなか、「移民の健康をどう守るか」が世界的な課題となっています。地球上の「誰一人取り残さない」を誓うSDGsの3番目の目標は「すべての人に健康と福祉を」ですが、文化が異なる国での健康管理は困難が多く、日本も例外ではありません。まず障壁となるのが言葉で、外国語で医療関連サービスを受けるのは非常にハードルが高いです。例えば介護保険サービスは日本人でもしくみを理解するのが難しく、サービスを利用する際に戸惑った方も多いのではないでしょうか。 ここで、日本の在留外国人の数を見ていきましょう。出入国在留管理庁(法務省)のデータによると、令和5年6月末の在留外国人数(滞在3ヶ月以上)は、322万3,858人で過去最高を記録。国籍・地域別では、中国、ベトナム、韓国がトップ3,前年末11位だったミャンマーが8位になっています。中国と韓国が上位を占めるのは長年変わりませんが、ベトナムの増加が顕著です。

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ヘルスリテラシーとコミュニティの役割

国際保健を専門とする私は、2013年に「在日ブラジル人の母親のヘルスリテラシーとその関連要因」をテーマに論文を書きました。当時は中国や韓国に次いで多い在留外国人であった在留ブラジル人家族の健康が社会課題のひとつであったことから、健康に関する知識「ヘルスリテラシー」に焦点をあて、子育てに伴う健康知識をいかに獲得してもらうかを追求しました。
在日ブラジル人の母親への聞き取り、質問紙調査を重ねた結果、ヘルスリテラシーの要因となるのは日本語能力だけではなく、地域コミュニティのサポートや既存の保健知識など、さまざまあることがわかりました。そして、保育園・保健センターの支援や周囲の助けがあれば、日本での子育てに必要なヘルスリテラシーを得られることを明らかにしました。そのほか言語・文化的な障壁によるメンタルヘルスの問題や、日本人ほど生活習慣病へ関心が向かないことから長期滞在では生活習慣病が出てくる、また受診が遅れたり更新を受けないことから病状が悪化するケースも報告されています。
課題解決のカギは、コミュニケーションです。自国で身につけた健康知識は、日本のそれとはそぐわないかもしれない。しかし、専門家や周囲とのコミュニケーションによって基礎知識と日本文化をすり合わせることができれば、健康の維持管理も可能です。
論文公表から10年以上が経過し、現在は在留ブラジル人の方が高齢化して新たに介護の問題が出てきています。ブラジル人コミュニティは形成されており、在留ブラジル人に対応できる訪問介護ステーションができつつあるものの、今後、社会的にコアとなる人材の育成が課題です。在留韓国人は日本と同様に高齢化が進み、早くから介護問題が取り上げられてきました。各地にコミュニティがあり日本語ができる方も多いものの、日本の高齢者施設に入居しても生活習慣や食文化が異なるなど課題があります。そこで集住地域を中心に施設を立ち上げ、活動されています。
移民の健康問題は時代により変化し、出身国・地域によって背景・課題も異なるのです。

新たな課題と「コミュニティ・ブリッジ・ワーカー」

これら課題にどう取り組むか。解のひとつは、日本人と外国人のコミュニティの架け橋となる「コミュニティ・ブリッジ・ワーカー」の存在です。愛知医科大学の坂本真理子先生が提唱した、外国人コミュニティと行政の保健部門をつなぐ人材です。私もこの研究グループの一員として参加し、外国人コミュニティや市民団体と協働してコミュニティ・ブリッジ・ワーカーのしくみを試みました。例えば子育てについて、自国の事情と日本の事情、互いの文化を紹介し合うことでお互いの理解が深まり、保育士や保健師がある程度相手の事情を汲んだうえで日本での暮らし方を提案することで衝突が減ります。
私たち研究グループでは、保育園や保健センターの方と外国人のお母さんに聞き取り調査を行い、結果を分析して「外国人のママ・パパと日本の保健医療従事者のための健康ハンドブック」を開発しました。日本語と外国語を併記し、「外国人ママ・パパはこんなことで困っている」、「日本の子どもの保健サービスはこうなんだ」といった事例をマンガで紹介したツールです。ブラジル編とフィリピン編を作成しました。
保健医療従事者だけでなく、広く一般の方にも読んでもらえるつくりで、無料公開しています。相互理解にご活用ください。

【外国人のママ・パパと日本の保健医療従事者のための健康ハンドブック】
https://health4foreignfamilies.jimdofree.com/

みんなが理解できる「やさしい日本語」の役割

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「コミュニティ・ブリッジ」の役割を担うのは、保健医療の専門家である必要はありません。地域に暮らすだれもが架け橋になれます。コミュニケーションをとり、互いを理解したり助け合ったりすれば、税金を投入せずに解決できる問題も多数あります。
日本人同士でも、互いの理解不足でトラブルが起きるのはよくあること。片言のやり取りの中でも、個人として理解することで互いにストレスは軽減できます。例えばブラジル人は、週末に家族や友人と賑やかに食事をする時間を大切にします。そうした文化を知ったうえで、音楽がうるさければ、「ちょっとボリュームを下げて」といった会話も気兼ねなくできるようになるとトラブルを回避できます。
在留外国人の内訳をみると英語圏の人は少なく、英語ができなければコミュニケーションできない、といったことはありません。大切なのは、みんなが理解できる「やさしい日本語」です。平易な言葉を使う、メモを一緒に渡す、ふりがなをふる、といった工夫は、高齢者や子どもを含む、みんなにやさしいコミュニケーションの方法です。

マイノリティとしての苦労と健康を守る難しさ

私が「移民の健康」について研究を始めたきっかけは、私自身が異文化の地で健康を守る難しさを痛感したことです。海外青年協力隊の保健師隊員としてアフリカに在留した際、まず困ったのが食生活でした。セネガルでは日本人が考える栄養のバランスがまったくとれません。新鮮な野菜が入手できず、動物性タンパク質の摂取も難しい。また蚊帳を吊るなど対策をし、水には細心の注意を払っても、マラリアとアメーバ赤痢に罹りました。事前にセネガルの公用語であるフランス語を勉強していたものの、現地で受けた初めての健康診断では、検査・診察の流れがわからず右往左往しました。医療の知識があり、ある程度事前に情報を入手して準備をしていても、異文化で健康を維持するのはどれだけ大変か。想像を超えていました。
何より、言葉がわからないアジア人女性というマイノリティであることで、苦しさや悔しさを経験しました。村での活動は歓迎されるものの、街を歩いているとあからさまに差別されることがあり、反論する術もないマイノリティのつらさは想像以上でした。

異文化に目を向けると、心の豊かさが生まれる

「郷に入れば郷に従え」という意見も一理ありますが、少子化が加速するなかで移民の方に健康な地域住民として、次の世代をつないでもらうことは社会的に重要です。
一方、日本人は内向きになり、同質性を求める傾向が強まっているように感じます。要因のひとつは、SNSなどの情報に偏りがちで、知っている世界が限定されているからではないでしょうか。自分とは異なる背景の人たちや異文化に目を向けることで新しい発見や出会いがあり、それを通して自分自身の心が豊かになる。社会全体も豊かになっていくと思います。
「誰一人取り残さない」ための基本は一人ひとりの行動であり、「すべての人に健康と福祉を」めざすことは、地域みんなの心身の健康につながっていくのではないでしょうか。

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