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だから敬語はむずかしい:日本語に潜む多様性の再発見

2024/12/01

石破総理大臣が就任して間もなく、地震や豪雨で被災した能登を訪問したことがありました。10月5日夜に投稿された首相官邸のXには、「石破総理は能登の被災地を訪問し、お一人お一人と話され、困難な環境下にある人々のために、力を尽くす決意を新たにされました」とあって、「(首相官邸のアカウントが)身内に敬語をつけるのはおかしい」「公務員の首相官邸職員が、国民でなく時の権力者に従う思考」などと批判する声が上がるとともに、ある参議院議員は「日本語が変。なぜ、総理官邸が広報用Xで、石破総理に敬語使うのか?違和感満載のツイート。明日、背景を確認する」と言ったとかで大騒動だったようです。

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敬語のウチ・ソトルールと違和感

私たちが習った「国語」では、「ソトの人に、ウチの人のことを話題とする場合は、目上の人であっても尊敬語を使わない」という敬語のウチ・ソトのルールがあります。ですからこれに従えば、首相官邸職員の投稿は、「変」であったり、「違和感」をもったりすることは理解できます。しかしながら日本各地には、さまざまな方言(地域日本語)があるように、敬語も地域社会の実情を反映していて、その使い方も地域ごとで違っていて、「国語」で学んだルールだけでは、日本語の全てを語ることはできません。

地域ごとに異なる敬語のルール

たとえば、関西を中心とした西日本では「うちのお父さん、今、ご飯食べたはります」、「うちの社長さん、今日はもう帰らはりました」のように、ウチ側の人のことを話題とする時にも尊敬語を使うことは、むしろ一般的でした(こうした敬語のルールを、日本語学では、「身内尊敬用法」と呼んでいます)。ですから「うちのお父さん、今、ご飯食べてます」、「うちの社長さん、今日はもう帰りました」のような言葉遣いは、目上を尊敬しない失礼な表現になるわけです。言葉のしつけに厳しかったひと昔前までは、両親や祖父母から注意を受けることも多々あったと聞いています。
また日本のかなりの広い範囲で、日常的にほとんど尊敬語を使わない地域(無敬語地域とも言われる)があって、そのような地域で尊敬語を使うと違和感をもたれたり、慇懃無礼のレッテルすら貼られたりするようなこともあったと言います。

方言と国語のズレが生む日本語の多様性

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敬語のウチ・ソトのルールは、もっぱら東京などで発達したルールのようですが、日本の近代化にともなって東京の、特に山の手のことばが、「国語=正しい日本語」になったことから、それ以外の方言(地域日本語)は「正しくない日本語」や「変な日本語」に貶められることになり、方言の敬語法も「変」であったり、「違和感」をもたれたりすることになりました。
私たちは、家族や友人、地域社会で身につけた「生活語としての方言」と学校で習った「国語」との二つの日本語を使って暮らしています。Xの投稿は「国語」に方言が影響を与えた結果だと思うのですが、実は方言が「国語」に影響を及ぼしているようなことは少なくないのです。たとえば、京都の人に「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10」を読み上げてもらうと「イチ、ニイ、サン、シイゴオ、ロク、ヒチ、ハチ、クウ、ジュウ」と発音します。続いて、では「国語」のように、改まって読み上げてくださいとお願いすると「イチ、ニ、サン、、ロク、ヒチ、ハチ、ク、ジュ」となることが多く、東京の人のように「イチ、ニ、サン、シ、ゴ、ロク、シチ、ハチ、ク、ジュ」とは、なかなかなりません。私たちが外国語を学ぶおりに、母語である日本語の影響を受け、ネイティブのような外国語を獲得するのはとてもむずかしいのと同じように、学校の授業で習う「国語」を完璧に習得するのは簡単ではないのです。ですから本人は「国語」を使っているつもりでも、実は方言の影響を残した「国語」であることはよくあることで、誰もが「国語」とのズレをもった日本語を使って生活していると言って過言ではありません。
投稿した官邸職員は、どの地域の人で、どんな方言を使用する人なのか。西日本の人なのか。東日本の人なのか。マチの人なのかはたまた郊外の人なのか。騒動以来、今もそのことが気になり続けています。

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