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発見された台本が明かす新たな日本映画史 ー小津安二郎生誕120周年ー

2024/11/01

2023年は、映画監督・小津安二郎が生まれて120周年という節目の年でした。
小津安二郎は家族の日常を描いた監督として知られ、現代にも小津監督の影響を語る映画監督が多くいます。映画『PERFECT DAYS』が話題となったヴィム・ヴェンダース監督もそのひとりです。
ちょうどニュースを見ていたとき、ヴェンダース監督が小津作品について語っていました(NHKニュース7、2023年10月28日放送)。東京国際映画祭で企画された小津安二郎生誕記念シンポジウムにあわせて、彼がスピーチをしている映像でした。さらに黒沢清監督が、小津映画の特徴を語っていました。

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『麦秋』など4作品の貴重な台本

こうした中で目を引いたのが、続いて報じられた、小津作品の台本発見のニュースです。小津作品の『麦秋』『お早よう』『秋日和』『秋刀魚の味』以上4つの台本が、新たに発見されたというニュースでした。台本を発見したのは松浦莞二さん。台本には線や書き込みの跡があり、ニュースではその一部が紹介されました。松浦さんは、小津監督が撮影後も台本を推敲していた事実を明らかにしました。

撮影・編集の貴重な記録となる台本への書き込み

小津監督への注目が再び集まっていた中、今回の台本発見にはどのような意味があったのでしょうか。文豪の書簡や原稿発見が報道されることはあっても、映画台本の発見が報道されることはほとんどありません。その後、松浦さんの協力を得て、私も4冊の台本の内容を確認することができました。そこで、今回の台本発見の意義をまとめてみたいと思います。
まず、いずれも助監督が書き込みをしていたことが重要です。台本を調べていくと、小津監督の撮影に関わっていた助監督が、小津監督から指示を受けてでしょう、撮影や編集の過程で生じた変更を書き込んでいたことがわかりました。ニュースで明らかにされた通り、小津監督は推敲を重ねていたのです。これまでは小津監督が書き込みを行った台本の存在が知られ、小津作品の撮影や編集の過程が研究されてきました。今回の発見によって、小津監督の台本と比較できる対象が新たに得られたことになります。しかも、『麦秋』と『お早よう』に関しては小津監督の使用した台本も現存していないため、きわめて貴重です。

多くの書き込みが示す撮影・編集の実態

さらには、その書き込みの数の多さです。書き込みが多いほど、撮影や編集の実態を綿密に検討できることになります。そこには、小津監督が自身の台本には必ずしも記録していない変更もあるかもしれません。
以上の点から、今回の台本発見は小津監督、ひいては日本映画研究を一歩進める重要な発見であったと言えるのです。なかでも書き込みが多くなされていたことは、小津監督の台本を調査してきた私にとって驚くべき事実でした。実はこれまで、小津監督の台本は細部の訂正や修正を除いて直す必要がない、つまり、それだけ完成度が高い台本だとみられてきたのです。実際にスタッフや俳優もそう証言していました。

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次なる発見に向けて

ちなみに、今回発見された4冊の台本は、いずれも小津安二郎と脚本家・野田高梧が執筆した脚本に基づいています。ふたりは執筆時に綿密な打ち合わせを重ね、台詞の語尾ひとつひとつまで注意を払ったと伝えられています。その台本が実際にはどう変更され、あるいは修正を重ねられていたのか。4冊の台本は、これまで知られていなかった小津監督の撮影や編集時の姿を示しているのかもしれません。
小津安二郎といえば『東京物語』が代表作に挙げられるように、家族の日常を描いた監督として知られています。しかし、生涯に制作した映画の主題や内容は多岐にわたっています。さらに調査を重ねながら、小津監督や作品に迫りたいと思います。
次の小津生誕130周年には、何が明らかになっているでしょうか。

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