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ポストコロナ時代のカジュアルコミュニケーション ーメタバースとWWWの可能性ー

2024/11/01

コロナ禍に入ってから、多くの企業が在宅ワークを余儀なくされました。その際、大きな威力を発揮したのがTV会議です。コロナ禍以前にもTV会議用の専用機器を導入し、遠隔地のロケーションと会議をする企業はありましたが、コロナ禍に入り、専用の機器を必要とせず、パソコンやスマートフォンからTV会議ができるZoomなどが一気に市民権を勝ち取りました。今では、仕事上の会議だけでなく、多くのシーンで利用されているのは周知のところです。

オフィス回帰とカジュアルコミュニケーションの重要性

ところが、コロナ禍がひと段落したいま多くの企業がオフィスへの回帰を進めています。業務内容上オンラインでの仕事が困難な場合もあるかと思いますが、大きな理由の一つにあるのが、カジュアルなコミュニケーションの難しさでしょう。オフィスにいれば、明確な会議以外にも多くのコミュニケーションが発生します。わずか数語の会話で相手の状況を把握したり、雑談から面白い議論になったりすることもあるでしょう。会話をしなくても相手の様子を見るだけで、忙しいそうかそうでないかなどもわかるかもしれません。これもインプリシットなコミュニケーションと言えるでしょう。
このようなコミュニケーションは、意図しなくても相手の姿が目に入るから可能なことで、時間を決めて行うWeb会議ではなかなか難しいと言わざるを得ません。

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CSCWやグループウェアによるAwarenessの研究

CSCWやグループウェアの研究領域では、このようなカジュアルなコミュニケーションを遠隔地でも実現できるように、以前からAwarenessの研究が行われてきました。Awarenessとは、端的に言えば、共同作業者の状態や活動に関する気づきです。 VideoWindowでは、巨大なワイドスクリーンに分散拠点の映像をずっと表示し続けることで、偶然の出会いやカジュアルなコミュニケーションを実現しようとしていました [Robert S. Fish et al., 1990]。また、筆者もNTT在職時に、t-Roomというスクリーンに囲まれた空間を複数の拠点に設置した、あたかも同じ部屋にいるような感覚でコミュニケーションができる部屋を構築するプロジェクトに参画し [Keiji Hirata et al., 2006]、その部屋でカジュアルなコミュニケーションがどの程度可能かを試したことがあります。このような環境では、会話前から、相手が会話しても大丈夫そうかに“気付く”ことができます。

リモートワークにおけるカジュアルコミュニケーション促進の課題と限界

しかし、このような空間を作成するのはコストがかかりますし、そうでなくても在宅ワークを行う個々人のプライベートスペースをそのような空間に変更するのは抵抗があるでしょう。そして、そもそも、その人にとってのメリットがないとわざわざそういった部屋を利用しようとはしたがらない(映像に入りたがらない)、という課題があります。オフィスにいれば、自然とAwarenessが共有されますが、そうでない場合、自然にこういった部屋を利用するような仕組みが必要です。コロナ禍以降、アバターやアイコンを空間配置することで、オフィスのような環境を疑似的に作って、気軽なコミュニケーションを誘発させるような効果を期待するシステムも出てきましたが、このようなシステムも多くのケースでは、会話したいという明確な意志がある人以外にはなかなか使ってもらえないという点では同じでしょう。話しかけられた後、話しができてよかったと思った経験は誰しもあるかと思いますが、先だって忙しいさなかに話しかけられることを期待して利用したいと思う人はそれほど多くないのではと思います。

メタバースへの期待とWWWの未来に向けた可能性

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強制的に使ってもらうというのは一つの方策ですが、あまりスマートではありません。ここで、期待されるのがメタバースです。広義のメタバースは、「みんなが参加できるデジタル空間」です [三宅, 2022]。常に現実と統合されたメタバースという空間内にいて行動することがユーザにとってメリットになるのであれば、そのユーザのアバターを見て、状況を判断し、ちょっと話してみようかなと思えるかもしれません。
ただ、メタバースのような概念もTV会議と同じく、古くから提案、研究、そして商用化されていますが、コロナ禍でWeb会議の利用者が一気に増加したような、一般への浸透にはまだまだ時間がかかりそうです。また、今のところ実空間のような唯一無二の空間があるわけではなく、様々な仮想空間(≒メタバース)が存在しています。別の仮想空間サービスを利用している人にはAwarenessが共有されないため、世界中の大多数の人が日々利用し続けるようなメタバースの実現が待たれます。
さて、ここで、そのような可能性のある空間が私はすでにあると思っています。それは、WWW(World Wide Web)です。WWWは、今では全世界で多くの人が日々利用しています。特定の企業が提供するSNSのような流行り廃りも今のところありません。もしかしたら、WWW(もしくはWWWを射影した3D空間)は、将来普及するメタバースの候補かもしれません。WWWは今のところ、人の行動が陽に見える空間ではありませんが、私が研究しているWWWゲーム化技術では、WWW上の任意のWebページにキャラクターを配置したゲームを生成することができます [白井他, 2020]。この技術を使えば、Webページを読んだり、動画を見たり、記事を投稿したりしている人のアバターをそのページに出すことができます。WWWを、人の存在を可視化できるようなデジタル空間にするにはいろいろな課題もありますが、一つの方向性として私は面白いと思っています。

引用文献

  • Keiji Hirata, Yasunori Harada, Toshihiro Takada, Shigemi Aoyagi, Yoshinari Shirai, Naomi Yamashita, and Junji Yamato. (2006). The t-Room: Toward the Future Phone. NTT Technical Review, 26-33.
  • Robert S. Fish, Robert E. Kraut, and Barbara L. Chalfonte. (1990). The VideoWindow System in Informal Communications. In Proceedings of the 1990 ACM conference on Computer-supported cooperative work (CSCW '90), 1-11.
  • 三宅陽一郎. (2022). メタバースがやってきた:2.メタバースの成立と未来 -新しい時間と空間の獲得へ向けて-. 情報処理, 63(7).
  • 白井良成, 松田昌史, 藤田早苗, 小林哲生, 岸野泰恵. (2020). World Wide Webのゲーム化とその効用. 情報処理学会論文誌, 61(11), 1660-1679.

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